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ガンはやっぱり哀しいよ
〜身体の一部を失ったとき、人は何を思うのか?

声、乳房、臓器、髪の毛、そして肛門まで
〔PHOTO〕 iStock

突然、その病は襲ってくる。普通に食事を楽しみ、家族と語りあう――そんな平和な生活はもう戻らないかもしれない。「何気ない幸せ」を奪われようとしたとき、人は何を思い、どう生きていくのか。

つんく♂が最後の声で語ったこと

いずれにしても気管切開をしたらもう話すことは出来ない。

僕は、どうしても最後に自分の声で子どもたちと話がしたかった。

3人の子どもに話したいことは山ほどある。

でも、息苦しさは限界に近づいていた。

著書『「だから、生きる。」』でこう綴るのは、歌手・音楽プロデューサーのつんく♂(46歳)。昨年10月、喉頭がんにより、喉頭全摘手術を行い、声を失った。

手術の直前、つんく♂はまだ幼い3人の子どもたちを病室に招き入れ、自分の声でゆっくり話をした。

長男には「この家で唯一の男の子なんだから、お母さんのことを助けなきゃダメだよ」。歌が好きで「お父さんの分も歌う」と言ってくれた長女には「素敵な声をしてるんだから、歌の練習をするように」。そして末っ子の娘には「お姉ちゃんを見習ってお勉強もがんばるんだよ」と……。

つんく♂が喉に違和感を覚えたのは'13年9月。医者に診てもらったが、腫れ物は悪性の腫瘍ではなく、ステロイド吸入のしすぎで組織の一部が固まったものだと診断された。「99%大丈夫だ」と言われ、楽観していたが、'14年2月に生体検査を受けたところ、喉頭がんがみつかった。

放射線治療を受け、一度は「完全寛解(病状が完全に収まること)」宣言をしたものの、喉の調子は戻らず、10月にNYを訪問中に、がん再発の知らせを受けた。帰国後、緊急手術を行い、歌手にとって最も大切な器官である声帯を全摘出することになった。

つんく♂と親交がある音楽評論家・作詞家の湯川れい子氏は、昨年、テレビの音楽番組で彼と同席したとき、あまりに声が悪かったので、懇意な医者を紹介するために手紙のやりとりをしたという。そして、声帯摘出直後のつんく♂に、作曲してほしいとオファーを出した。

「ちょうど、これからも歌い継がれていくような新しい子守唄を作ろうという話を進めていたとき、つんく♂さんが声帯を摘出したと知り、大変な時期だろうとためらいましたが、あえてお願いしたのです。

最初の打ち合わせでは、小さいディスプレーを私の前に置いてくださって、そこに彼が打ちこんだ言葉が表示されるので、意思の疎通に問題はありませんでした。彼はパソコンを通じて冗談まで言うこともあって少し安心しました」