和歌が結んだ縁が奇跡をもたらす、二人の「みちこ」の物語
【書評】高山文彦『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』 / 評者 山折哲雄
〔PHOTO〕gettyimages

美智子皇后と作家・石牟礼道子が、社会学者の故鶴見和子を偲ぶ会で出会う。和歌が、この「ふたり」を結ぶ貴重な縁になったのだ。

石牟礼道子が世に知られるようになったのは、世界を震撼させた水俣公害病の深刻な悲劇を、『苦海浄土』という作品を通してあますところなく描きだしたからだった。その苛酷なたたかいの中で出会ったのが、献身的な協力を惜しまなかった同じ作家仲間の渡辺京二だった。もう一つの「ふたり」の物語である。

本書をつくった高山文彦は小説も書くが、『「少年A」14歳の肖像』でも知られる練達のノンフィクション作家だ。現地に足しげく通って綿密な取材を重ねてこの二つの物語を合わせ鏡のようにして紡ぎ、今日の日本における深刻な危機をあぶりだしている。

この二つの物語を結ぶ中点に立つのが石牟礼道子であるが、その異質な二つの世界に一瞬、血を通わすクライマックスがやってくる。地を這うような苦しい身もだえの中に生きる胎児性患者たちの口から「チッソを許す」の声が発せられたときだ。

その思いが道子の言葉を通して皇后に伝えられ、天皇皇后による水俣慰霊の旅へとつながる。極秘のうちに胎児性患者たちと面会し、ひとりひとりと言葉を交わす、奇跡のような鎮魂の旅となった。皇室には、水俣病の原因をつくったチッソの社長が雅子皇太子妃の祖父というのりこえなければならない事情もあった。

2013年10月になって、天皇皇后は「全国豊かな海づくり大会」のため水俣をはじめて訪れ、さきの「奇跡」のような出会いがはたされることになった。その翌年の1月、天皇は歌会始の席で、

慰霊碑の先に広がる
水俣の海青くして
静かなりけり

の御製を詠む。

その和歌を刻む碑が、今、不知火海を見はるかす水俣の高台に立つ。石牟礼道子も『苦海浄土』を書いてからほぼ半世紀をへて、ようやく『花の億土へ』の思いを語り出し、「苦海」のかなたにひろがる広大な宇宙の中に飛翔しようとしているかにみえるのである。

やまおり・てつお / '31年生まれ。国際日本文化研究センター名誉教授。著書に『「歌」の精神史』『天皇と日本人』他

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『ふたり 皇后美智子と石牟礼道子』
著者=高山文彦 (講談社/1700円)

天皇皇后、言霊の海へ。水俣病患者との歴史的対話。そこには数々の秘められたドラマがあった。皇后美智子と石牟礼道子の魂の交感、渡辺京二の愛と献身、祈りのこけしの行方とは―。戦後70年、水俣は癒されたのか。

たかやま・ふみひこ / '58年生まれ。『火花 北条民雄の生涯』で大宅賞と講談社ノンフィクション賞を受賞。『宿命の子』他

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『週刊現代』2015年10月24日号より