いまを生きる若者たちは何に耐えているのか?
~「死ぬほど退屈」な村の裏側をリアルに描く小説

【書評】こざわたまこ『負け逃げ』/評者 麻木久仁子
〔PHOTO〕gettyimages

隣町へと続く国道沿いには全国チェーンのファミレスや大型スーパー、そして何軒ものラブホテルが立ち並ぶ〈死ぬほど退屈で、でも最低限の生活には困ることのないぬるま湯のような村〉がこの物語の舞台だ。

イヤホンから流れる爆音の音楽を聴きながら、深夜の国道を毎夜走り回る高校男子。出会い系のサイトで知り合った男たちと夜な夜なセックスする女子高生。ここではない何処かへ行きたいけれど、結局そんな事は叶わないのだというあきらめが、一見明るい学校生活のなかに潜んでいる。

若者たちの鬱屈と虚無、それでもわずかにふつふつと見え隠れする希望とエネルギー。とうの昔に過ぎ去った若い日の感覚を思い出させられる。

そして村の大人たち。彼らもまた、とうとう逃げ出す事の出来なかった自分や、逃げたもののおめおめと帰ってこざるをえなかった自分と絶えず向き合っている。40を過ぎても結婚も出来ず、生徒たちからあなどられている冴えない男性教師や、一度は村を出たものの、子供をかかえて出戻ってきた母親などなど。世慣れていながら、諦めきれてもいない中年の描き方が実にリアルだ。

結局若者も中年も、闇の中にいる。きらきらと輝く若い時代を経て、少しずつ光を失いながら大人になるというのはウソだ。はじめから闇があって、なんとかしてささやかな光をひとつひとつ灯す事が生きるということだ。やっとともった光が無残に吹き消される事に耐えるのが生きるということだ。若かろうが歳を重ねようが変わらない営みなのだと、物語を読みながら、そんな思いが湧き上がる。

〈私はただ、瞬き始めた青信号に向かって走り出さずにはいられない、そんな人間になりたかった。ただ、いろんなことに期待をしてみたかった。希望をもってみたかった。自分の欲望に、もっともっと振り回されてみたかった〉

分別ありげに澄ましている自分の中の「不穏なスイッチ」を押されてしまうような気がする、刺激的な一冊である。

あさぎ・くにこ/テレビ・ラジオで活躍する傍ら、月刊誌、全国紙で書評委員を務める。書評、文庫解説の執筆多数

『負け逃げ』
著者=
こざわたまこ (新潮社/1600円)

逃げたい、逃げなきゃ。でも、どこへ?  大型スーパーと国道沿いのラブホが夜を照らす小さな町で、息苦しさを抱えて暮らす高校生と大人たち。もはや人生詰んでるけど、この外でならば、なんとかなる、かも、しれない。あきらめと若さが交差する、疾走感に満ちたデビュー作。

こざわ・たまこ/'86年福島県南相馬市生まれ。'12年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞。本書が初の単行本

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『週刊現代』2015年10月24日号より