家族などいらない、出世がすべて――「喪失」を恐れる男の心に訪れた変化とは
【書評】白石一文『ここは私たちのいない場所』 / 評者 伊藤氏貴
〔PHOTO〕Thinkstock

晩婚どころか非婚までもが確実に広がりつつある原因は、果たして経済的問題だけなのだろうか。なにしろ、結婚以前に恋愛というものへの興味が失われているのだから。他者と支え合うことを安心より負担と捉える心性があたりまえのものとなりつつある。

主人公の芹澤もまた、今の若者たちに先駆けて、家族を持つことを負担と考える男だった。大会社で順調に出世街道を歩み、若くして役員にまで昇り詰める。それというのも勝負どころでためらいなく賭けに出られたからであり、それは守るべきものがないからだ、というのが芹澤の持論だった。

ハニートラップにひっかかったときも、逃げようと思えば逃げられたのに、社長の引き留めにも応じず潔く辞職するのは、誰にも借りを作りたくないからだし、守るべき家族もないからだ。誰にも頼らず、誰にも頼らせない―収支の帳尻はたしかに合っている。こうした生き方を咎める権利は誰にもあるまい。

しかし当の本人は、本当にそれで満足のいく人生を送っていると信じていられるのだろうか。真に満足がいっているのなら、芹澤が自分を罠にはめた相手の女性・珠美とその後も会い続けようとするのはなぜだろうか。

珠美は珠美で、結婚こそしていたものの、そこに人間的な信頼はなく、夫が資産家の息子であるという一点でのみ夫婦関係を続けていた。それゆえ子どもも作らない、と宣言していた。彼女もまた、自分が守るべき人間を作ろうとはしない。

芹澤や珠美が守るべき家族を持つことをあくまで避けようとするのは、幼い時にそれぞれに喪失を経験していたからだった。芹澤は二歳下の妹を亡くし、珠美は女手一つで育てられた。家族の喪失は癒しがたい傷を残す。

誰かを喪わないために、そもそも誰をも自分のものとしない、という生き方を選んだ二人はしかし、当然誰からも喪われることがない。この場所から自分がいなくなっても、それを「喪失」として嘆いてくれる人がいない、ということだ。それが目指すべき生き方だというのだろうか。

芹澤は、出世レースを全速力で走る中で、そのことから目を背けていたが、退職してようやく自分の生き方について深く考える。会社が生きがいなどではなかった、と。私の場所はどこにあるのか、家族とは―今のわれわれが目を逸らしがちな、しかし逃げてはならない問題について、われわれと一緒に考えてくれる作品だ。
 

いとう・うじたか / 明治大学准教授。'02年「他者の在処」で群像新人文学賞(評論部門)受賞。『奇跡の教室』他

ここは私たちのいない場所
著者=白石一文(新潮社 / 1400円)

芹澤は大手食品メーカーの役員。順風満帆な会社員人生を送ってきたが、三歳で命を落とした妹を哀しみ、結婚もしていない。ある日、芹澤は鴨原珠美という元部下と再会し、関係を持つ。それは珠美の策略であったのだが、彼女と会う時間は、諦観していた芹澤の人生に色彩をもたらし始めた。喪失を知るすべての人に贈る、光と救いに満ちた最新書き下ろし長編。

しらいし・かずふみ / '58年生まれ。編集者を経て作家に。'10年『ほかならぬ人へ』で直木賞受賞。『快挙』『神秘』他

=> Amazonはこちら
=> 楽天ブックスはこちら

『週刊現代』2015年10月24日号より