久保利英明 第2回
「『久保利は死にました』…夏の3週間と冬の2週間はこんな書き置きを残して海外に飛び出します」

撮影:立木義浩

第1回はこちらをご覧ください。

シマジ 久保利先生、森綜合法律事務所時代に運命的に出会われたという古曳弁護士のお話をもう少し伺えますか?

久保利 古曳正夫先生はわたしが最も尊敬する弁護士です。その古曳先生がじつはあまり滑舌がよくなくて、法廷でもしょっちゅう咳払いをするんですね。それがついついうつってしまって、いつの間にかわたし自身の癖のようになってしまいました。

言ってみれば、当時のわたしは古曳先生のすることはなんでも格好いいと思い、無意識のうちに真似していたんですね。古曳先生の考え方とか、書き方とか、あらゆることを真似しているうちに、咳払いまでうつったんです。

シマジ 面白いですね。男は先輩や先生に格好いい人がいると、なんでも真似したくなりますよね。真似をするという意味の「まねぶ(学ぶ)」は学ぶと同じ語源ですからね。久保利先生はそれだけ古曳先生を尊敬し敬愛していたんでしょう。年齢はいくつちがっていたんですか?

久保利 古曳先生は昭和12年生まれですから、わたしの7歳先輩でした。でも60歳を過ぎたある日、「おれには弁護士は向かない」と言って突然辞めてしまいましてね。その後はシルクロードの研究家になり、1年の半分以上はずーっとパキスタンやイラクの奥地など危ないところに行っているんですよ。

「先生、危ないからやめてください」とわたしたちが説得しようとしても、聞く耳を持ちません。とにかく古曳先生は現役時代、弁護士という職業がいやでしょうがなかったそうです。

シマジ そういう変わった先生を久保利先生はどうしてまた尊敬していたんですか?

久保利 古曳先生は弁護士の仕事が嫌いだからなのか、とても仕事が速かったんです。どんな案件でも素早く根幹に入る。また、わたしたちに弁護士の仕事を早く仕込んで一人前にして、自分はさっさと辞めようと考えているようなところがありましたね。

でも古曳先生はじつに優れた弁護士だと、いまでもわたしは思います。日経新聞社の人気弁護士ランキングでいつも1位を張っている中村直人君も、以前わたしの下にいた弁護士なんですが、彼もわたしと同じように古曳先生のことが大好きで、3年くらいは咳払いをしていましたよ。