週刊現代
「2015年安保」、最大の成果とは?
〜デモ参加者たちが新たな民主主義を切り拓いた

連帯、相互扶助、そしてレジスタンス
〔PHOTO〕gettyimages

「'15年安保」を忘れない

国会前を連日うろつき回るうち、忘れかけていた言葉をいくつか思い出した。連帯、相互扶助、そしてレジスタンス―。いずれも、デモや集会に明け暮れた青春時代の夢と希望が詰まった、懐かしい言葉である。思いだすきっかけになったのは、安保法案成立直前の9月18日夜に見た光景だった。

国会正門から少し離れた歩道の脇で若い女性が小さな椅子に腰をかけていた。彼女は「新横浜シットインでカギアイフォン(=パスワードロックのかかったiphone)を落とされた方」と記したプラカードを顔の前に掲げていた。

新横浜シットインとは2日前、横浜市港北区で開かれた地方公聴会で行われた抗議行動のことだ。公聴会を終えて参院に戻る与党議員らの車の行く手を阻むため、大勢の男女が会場前の路上に寝そべり、警察に排除された。

プラカードの女性はその現場でアイフォンを拾い、何とかして落とし主に渡したいと思ったのだろう。ふだんなら警察に届ければいいのだが、そうすると、落とし主の個人情報を公安警察に渡すことになりかねない。

そこで彼女はこう考えたらしい。新横浜シットインに参加した人なら国会前デモにも来るはずだと。だが、何時間待っても落とし主は現れない。それでも彼女はプラカードを掲げつづける。法案が成立した19日未明になっても、である。

私は傍で見ていて彼女の根気強さに呆れた。何が彼女をそこまでさせるのだろうか。おそらくは、身を挺して法案成立を阻もうとした、見ず知らずの人に対する深い共感からだろう。

同種の光景は、数万人規模に膨れ上がったデモの至る所で見られた。冷たい雨の中、温かいスープを配る女性グループがいた。「お握りとお菓子は要りませんか」と呼びかける女性もいた。人の手から手へと、飴の入った袋のリレーも行われた。

「スマホやガラケー、充電できます」という「給電所」もあった。給水所が置かれ、医療班が急病人を救護した。過剰警備を監視する「見守り弁護団」も結成された。彼らは誰かの指示で動いているのではない。法案成立阻止のため自分にできることをやっているだけだ。

何よりありがたかったのは、国会正門のはす向かいにある憲政記念館の粋な計らいだ。ふだんは夕方に閉める記念公園(北庭)を夜遅くまで開放した。おかげでトイレを利用でき、疲れた体をベンチで休められた人が私も含めて何千人もいた。

デモに参加する人も参加できない人も、無言のうちに互いを支え合う。そんな空気が国会周辺に漂っていた。3年前の反原発デモで芽吹いた連帯の精神が浸透したのだろう。それが'15年安保の最大の成果だと思う。

母親も政治家も学者も・・・すべてのデモ参加者があの空気を作った

国会周辺には子供たちもたくさんいた。中にはベビーカーに乗った赤ん坊もいた。デモの最前列にでも行かない限り、事故が起きる恐れは皆無に近い。と言っても、幼子を連れてデモに参加するのは相当な思い切りが必要だったにちがいない。

18日夜、「安保関連法案に反対するママの会」の町田ひろみさんがスピーチ台に立った。彼女は3歳と16歳の娘を持つ保育士である。

「私は言いたい。戦争に行かせるため私は子供たちを育てているんじゃない。おかしいですよね。こんな時間に子供を連れてママたちが来てるのは。でもママたちがおかしいんじゃない。そうせざるを得ない気持ちにさせる安倍首相が悪いんです」

今、全国で母親たちが立ち上がっている。ママたちは足を震わせながら国会議員や地方議員たちに要請を行い、緊張しながら街頭で訴えている。

町田さんがそう言って「この行動は止まりません。だって子供らを守ると決めたママたちは強いのです」と叫ぶと、歓声の嵐が起きた。彼女らの怒りが'15年安保の真の原動力だったのだと今更ながら思う。

この声に応えて国会内で野党議員らの抵抗がつづいた。彼らの演説が正門近くのスピーカーから流れてくる。「野党、頑張れ!」「野党、負けるな!」。いまだかって聞いたことのないコールが雨模様の夜空に響く。

野党の踏ん張りは私の予想を超えた。単なる時間稼ぎではない、中身の濃い演説がいくつもあった。なかでも枝野幸男・民主党幹事長の1時間44分に及ぶ演説が光彩を放った。

「奇しくも本日9月18日は満州事変が勃発をした日です。安倍総理が『取り戻す』と称している日本は、このころの、つまり満州事変から日華事変、日米戦争へと至る昭和初期の暴走していた時代の日本ではないのでしょうか。この暴走を止める責任が私たちにはあります!」

彼の言葉は理路整然としていている。私は彼に政治指導者としての風格を感じた。民意のうねりが政治家を育てた。それもまた'15年安保の収穫だろう。

夜が更けて、参院での法案可決の瞬間が刻々と近づいてくる。正門前のスピーチ台に立ったのは小熊英二・慶大教授。戦後社会思想史研究の旗手である。

「思いだしてください。原発事故の前、日本では天地がひっくり返っても国会周辺がデモで埋まることはありえないと考えられていた。しかし5年間で社会は確実に変わった。私たちは今(終わりでなく)始まりの中にいます。これからプラスの可能性もマイナスの可能性も大きく開かれている。私たちはそれを少しでもプラスの方向に引っ張っていかなければならない」

小熊教授は未来を楽観も悲観もしていない。なぜなら、ここで生まれた連帯と相互扶助の精神が、社会の隅々に根をおろすかどうか、すべてはそこにかかっているからだろう。

「柄ではありませんが」と教授は断わって最後にSEALDsとともにコールを始めた。
「民主主義って何だ!」「これだ!」「民主主義って何だ!」「これだ!」・・・・・・その声を聴きながら思った。夢でもいい。この国の未来を信じたい。

『週刊現代』2015年10月10日号より



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