メディア・マスコミ
第2回 トヨタ報道「日本的特ダネ」は
ジャーナリズムといえるのか?

LAタイムズは調査報道でピュリツァー賞の最終候補に

 4月12日、ジャーナリストに対して与えられる最高の栄誉であるピュリツァー賞の発表があった。同賞の選考委員会は、トヨタ自動車の大規模リコール(回収・無償修理)をめぐる報道をリードしてきたロサンゼルス・タイムズ(LA)に言及し、たたえた。

「LAタイムズのケン・ベンシンガーとラルフ・バータビーディアン両記者は、トヨタ車のリコール問題で深堀した報道を続け、設計上の欠陥や交通安全局の体制不備を浮き彫りにした。両記者による報道があったからこそ、トヨタと安全局は必要な改善策を講じ、連邦議会はトヨタ問題の調査に乗り出したのである」

 LAタイムズによるトヨタ報道は、ピュリツァー賞の受賞を逸したものの、「全国ニュース」部門の最終選考(合計3作品)に残っていた。

 選考委員会は受賞作発表に際して、最終候補作も併せて発表する。各紙が激しく競い合っていたトヨタ報道については、LAタイムズに最高の評価を与えたわけだ。

 日本では、底無しの状況を見せていた「トヨタたたき」について政治的な陰謀を唱える向きもあった。しかし、仮にLAタイムズが「政治的な陰謀」に加担していたら、同紙によるトヨタ報道は最終選考に残らなかっただろう。選考委員会はピュリツァー賞の権威を守るために、「偏向報道」の色合いが少しでもある作品を排除しようとするからだ。

 前回のコラム(『トヨタ問題をリードしたLAタイムズの「調査報道」』2010年4月8日公開)でも書いたが、LAタイムズは調査報道の手法を採用してトヨタ問題に切り込んだ。ワシントン・ポストによる「ウォーターゲート事件」の特報が象徴するように、調査報道は独自取材の積み重ねによって権力の暗部を暴き出す武器になる。

 ピュリツァー賞の選考委員会も、トヨタ側の発表をうのみにせずに独自取材を続けたLAタイムズの報道姿勢を評価した。

 日本のメディアはどうだったか。トヨタは日本を代表するグローバル企業であるだけに、日本の大新聞もやはりしのぎを削ってトヨタ報道を展開していた。年明け以降、日米同時進行で連日のようにトヨタ問題が主要紙の1面をにぎわしていた。

 もっとも、扱うテーマは同じでも、日本の大新聞によるトヨタ報道はピュリツァー賞にかすりもしなかっただろう。調査報道と対極をなす「発表ジャーナリズム」に終始していたからだ。発表ジャーナリズムとは、単純化すれば権力の情報をそのまま流す報道のことだ。

わずか二人の記者がトヨタ報道をリードした

 日本の大新聞が必死に追いかけていたニュースは具体的に何だったのか。2つ例を挙げよう。

 1つは、日本経済新聞が2月5日付の朝刊1面で掲載した「トヨタ、プリウス日米でリコール、新型全車、ブレーキ無償改修」という記事だ。トヨタのハイブリッド車「プリウス」のブレーキに不具合が発生した問題で、同社は日米でリコールを実施する方針を決めた--

 他紙が「自主回収」などとしている段階で、日経は「リコール実施」という事実をいち早くつかんで報じたのである。

 もう1つは、朝日新聞の名古屋版が2月12日付の朝刊1面で報じた「豊田社長、公聴会へ、米議会で経緯説明」という記事。同社の豊田章男社長が2月下旬に開かれるアメリカ議会の公聴会へ自ら出席し、リコール問題について説明する方針を明らかにした--。

 他紙が「アメリカ議会が出席要請」としている段階で、朝日は豊田社長の出席方針にまで踏み込んで報じている。

 いずれも日本的な「特ダネ」である。ここで1つ疑問がわく。トヨタの次の一手を他紙に先駆けて1日早く報道したところで、何か世の中に変化が起きるだろうか。

 何も起きないとすれば、このような取材に高給取りの記者を大勢配置する意味はどこにあるのだろうか。

 日本的な「特ダネ」は、発表ジャーナリズムを一歩先に進めた「発表先取り型」だ。権力が発表する予定のニュースを事前にすっぱ抜く点に特徴がある。日本の取材現場では「権力に食い込め、そしてニュースリリースを発表前に入手せよ」と教え込まれる。一歩間違えれば「権力との癒着」になる。

 補足しておくと、LAタイムズの調査報道を一手に引き受けていたベンシンガーとバータビーディアン両記者は、豊田社長を筆頭にトヨタ幹部に食い込めていなかったようだ。記事上では、同社幹部に直接取材できた形跡は見られない。日本ならば、担当企業の幹部に食い込めていない記者は「ダメ記者」の烙印を押される。

 だが、日本なら「ダメ記者」のレッテルを張られるベンシンガーとバータビーディアン両記者は、アメリカではピュリツァー賞の受賞の一歩手前まで進めたのである。アメリカでは「権力に気に入られる報道」よりも「権力に嫌われる報道」が評価される土壌があるからだ。

 ベンシンガーとバータビーディアン両記者は、トヨタ幹部に食い込む代わりに、大量の公開情報を入手・分析するとともに、トヨタ車を運転して危険な目に遭ったドライバーに多数インタビューした。結果的にトヨタ側よりもドライバー側の視点に立った記事を連発し、「権力に嫌われる報道」を全面展開する格好になった。

 では、「権力に気に入られる報道」で威力を発揮する取材手法は何か。日本で多くの記者が利用している手法に「夜討ち・朝駆け」がある。夜中と早朝に取材先の自宅を訪問することで太いパイプを築き、"極秘情報"をリークしてもらうのだ。気に入ってもらうために手土産を持参するなどの工夫も欠かせない。

 トヨタ報道でも、日本の大新聞は大勢の記者を「夜討ち・朝駆け」に投入し、トヨタ幹部を密着取材させていた。トヨタを集中取材する記者数で比べれば、日本はアメリカを圧倒していただろう。繰り返しになるが、アメリカでのトヨタ報道をリードしたLAタイムズの「トヨタ問題取材班」は、実質的にベンシンガーとバータビーディアンの2人だけだった。

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