出世競争に敗れた人は何思う?
~平凡な家庭を襲う出来事が「家族」の意味を問う

【書評】奥田英朗・著『我が家のヒミツ』/評者 中野翠
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『我が家のヒミツ』はタイトル通り六編から成る家庭小説集だ。

どの家庭も決して突飛でも劇的でもない。世間一般から見たら「平凡」という言葉で一くくりにされそうな家庭だ。

それでも悩みや屈託が何もないわけではない。

例えば第一話は、結婚後数年経つのに子どもができそうにないことに気づいてしまった夫婦の話である。第三話の主役は16歳の誕生日を機に自分の実の父親に会いに行こうとする女子高生である。第六話の主人公は妻が突然、市議会議員選挙に出馬すると言い出したので動揺する・・・・・・。

「平凡」家庭を襲った小さな騒動。それに対処する家族の心の動きを、著者は簡潔にして刻明に描写してゆく。

六編すべてが面白いのだけれど、私の心を最も揺り動かしたのは、第二話『正雄の秋』だった。

入社して30年。営業畑で精一杯働いて順調に局次長兼部長になっていた正雄は、いきなり出世コースからはずされ、局長の座を同期のライバルで、人柄もいいとは言えない、河島に奪われてしまった。

動揺せずにはいられない。正雄はホテルのバーで一人、酒を呑み、さまざまな思いに駆られる。次の職場のこと、妻のこと、かわいがって来た部下のこと・・・・・・。

私は女で、いわゆる自由業なので、会社組織というものの実態を知らない。それでも主人公・正雄の屈託は、まるでわがことのようにリアルに切実に感情移入できる。

終盤、ライバル河島の生活背景を知るようになって、正雄の気持はフッと上向いてゆく。解放されてゆく。

そのくだりに思わず鼻の先がツンとし、目頭が熱くなる。涙してしまうのだ。なぜだろう。

たぶん・・・・・・凡人たち一人一人が、迷いの中で、事を荒立てないよう、一番の聡明さを発揮し合って、最良の対処をしている―というところに心打たれてしまうのだろう。

だから、私が流す涙は、まるで「お天気雨」のようだ。悲しいけど明るく、快い。六編すべて、読後の感触は「お天気雨」だ。

なかの・みどり/出版社勤務を経て文筆業に。社会問題、映画などを評したエッセイが人気。近著に『いちまき』

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我が家のヒミツ
奥田英朗・著 集英社/1400円

どうやら自分たち夫婦には子どもが出来そうにない(『虫歯とピアニスト』)。同期との昇進レースに敗れ、53歳にして気分は隠居である(『正雄の秋』)。16歳になったのを機に、初めて実の父親に会いにいく(『アンナの十二月』)。母が急逝。憔悴した父のため実家暮らしを再開するが(『手紙に乗せて』)。産休中なのに、隣の謎めいた夫婦が気になって仕方がない(『妊婦と隣人』)。妻が今度は市議会議員選挙に立候補すると言い出して(『妻と選挙』)。どこにでもいる普通の家族の、ささやかで愛おしい物語6編。

おくだ・ひでお/'59年生まれ。'97年『ウランバーナの森』で作家デビュー。'04年『空中ブランコ』で直木賞受賞。『家日和』他

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『週刊現代』2015年10月10日号より