世界で話題の「問題作」を佐藤優が分析!
〜フランスにイスラム政権が生まれたらどうなる?

【書評】ミシェル・ウエルベック『服従』/評者 佐藤優
〔PHOTO〕gettyimages

シリアからの難民流出がヨーロッパを震撼させている。マスメディアの報道だと、ドイツ、フランス、イギリスなど西欧諸国は、人道的観点から難民の受けいれに積極的であるとの印象を受ける。確かに、自由や人権は、ヨーロッパ人の基本的価値観になっている。しかし、本音では、ヨーロッパ人はイスラム教徒を恐れている。そのことを可視化したのが『服従』だ。純文学と大衆文学の中間くらいの作品なので読みやすい。

2022年のフランス大統領選挙の第1回投票で、極右でファシズムに近い国民戦線と、イスラム同胞党の候補者が、1位と2位を占める。社会党と保守・中間派が、ファシズムだけは避けたいと考えて、究極の選択としてイスラム同胞党のモアメド・ベン・アッベス候補を支持する。その結果、フランスに初のイスラム政権が生まれる。

アッベス大統領をサウジアラビアをはじめとする湾岸諸国が財政支援するので、フランスは福祉を充実させることになった。義務教育は12歳までになり、女性は専業主婦になると、外で働くよりもずっと多くの助成金を得ることができる。一夫多妻制が導入され、イスラム教徒ではない大学教授は全員解雇された。もっとも、十分な年金が支払われるので解雇により経済的に困窮することはない。

主人公のフランソワは、パリ第三大学で文学を担当する大学教授だ。19世紀末、フランスで活躍したデカダン作家ユイスマンスの研究者で、完全なノンポリではないが、政治からは距離を置いたインテリだ。アッベス政権の成立によって、非イスラム教徒のフランソワも大学から解雇されたが、生活には不自由がない。最終的にフランソワもイスラム教に改宗し、大学に復帰することを選択する。その説得にあたったルジュディ教授はフランソワにこう言って改宗させる。

「女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することとの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受けいれた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです」

人間が自己同一性を保つ上で、知識や教養がいかに脆いものであるかが本書から伝わってくる。現実の生活と結びつき、信者を殉教に追い込むことが出来るイスラム教が想定する超越的神の力にヨーロッパ人は、心の底から怯えているのである。

さとう・まさる/'60年生まれ。『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、『自壊する帝国』で大宅賞を受賞。『知の教室』他多数

* * *

服従
ミシェル・ウエルベック・著
河出書房新社/2400円

2022年フランスにイスラーム政権誕生。シャルリー・エブドのテロ当日に発売された、世界を揺るがす衝撃のベストセラー、日本上陸。

ミシェル・ウエルベック/'57年フランス領レユニオン島生まれ。'98年『素粒子』が世界的ベストセラーに。『ある島の可能性』『地図と領土』他

 => Amazonはこちら
 => 楽天ブックスはこちら

『週刊現代』2015年10月10日号より