[プロ野球]
上田哲之「秋山翔吾と真中采配――出現する才能について」

スポーツコミュニケーションズ

攻撃的2番を置く“普通じゃない”采配

顕在化したのは、打者だけではない。 福岡ソフトバンクの、他を圧する圧倒的な強さも、露骨なまでにはっきりした(去年は、最後までオリックスとせり合いましたからね)。 そしてもう一つ、東京ヤクルトにもふれておきたい。川端慎吾、山田、畠山和洋と続く2、3、4番の破壊力ももちろん逸することができないが、真中満新監督の采配も「出現した」というにふさわしい。

 一例をあげる。9月27日の巨人戦。この段階で、巨人、ヤクルトが優勝争いを演じており、この直接対決に勝てば圧倒的に優勝に近づける、という勝負の一戦である。

 ヤクルトは中4日で先発させた石川雅規を5回まで投げさせると、6回からは、秋吉亮1回、オーランド・ロマン1/3回、久古健太郎2/3回、ローガン・オンドルセク2/3回、クローザーのトニー・バーネットは回またぎの1回1/3で、2-1で逃げ切ってみせた。中継ぎ、抑えを、早め早めにつぎこむ。まさに、投手交代という名の攻撃であった。

 近年、強いチーム作りの必要条件として、しばしば、中継ぎ、抑えを充実させることが挙げられる。たとえば、昨年、最後までソフトバンクと優勝を争ったオリックスがそうだった。豊富な中継ぎ陣を次々につぎ込んで勝つ森脇浩司監督の手腕は、高く評価された。

 一転して、今季のオリックスは、おそらくは去年の疲労もあって中継ぎ陣が機能せず、低迷して森脇監督の休養に至ったのは、ご承知の通りだ。中継ぎの重要性は重々認めつつも、個人的には常にそういうリスクと背中合わせの戦略ではないかと考える。

 ヤクルトも、最後の3イニングを、ロマン、オンドルセク、バーネットで勝ってきた面はある。その事情はわかったうえで、それでも、27日の継投は、通常の中継ぎ起用とは、思想が一線を画していたと言いたい。年に一度しか使えないような、ものすごい奇策だった。そういう発想を表現できる采配なのだ。

 もう一つ、よりわかりやすい例をあげる。9月29日の広島戦である。この日のヤクルトはマジック1で、勝てば優勝である。広島に2-4と2点リードを許した8回表。広島はなおも2死三塁と攻めて打席は1番丸佳浩。 ここで、なぜか敬遠なのである。えっ? じゃあ、2死一、三塁にして2番菊池涼介と勝負するの?? ところが菊池も敬遠したのである! 2死満塁。3番の打順には、この日7回から登板したセットアッパーの大瀬良大地が入っていた。

 広島は、やむなく代打・小窪哲也を送る。結果は三振したけれども、小窪だって、今季3割を超える代打成功率を誇る切り札だ。それでも、あえて2人敬遠して満塁にしてまでも、大瀬良をひっこめさせた。相手クローザー中崎翔太の登球回を無理矢理2回にさせて、動揺を誘い、つかまえようという作戦だろう。結果的には、中崎が2回を抑えきったけれども。

 いずれも相当なギャンブルである。ただし、この2つの采配には、勝負に出たときの指揮官の尖鋭な決意がみなぎっている。見るに値する発想と言うべきだ。 新監督というのは、多くの場合、就任時に、機動力を使って、細かい野球をやりたい、と抱負を述べるものだ。しかし、真中監督が開幕から2番に据えたのは、川端である。ペナントレース終盤の勝負所にきても、依然、川端は2番である。

 川端は、今季、山田と首位打者を争う強打者だ。それを2番に置き続けることでも、ありがちな日本人監督の発想との違いを感じさせる。だいたい、首位打者に安易にバントのサインを出すのはもったいないでしょう。個人的な趣味かもしれないが、2番と3番に最強打者を並べる打順が、私は好きなのだ。この「普通じゃなさ」がいいではないか。ついでに、この国に根強い「4番幻想」も打ち破れるし。

 われわれは今季、新しい監督の才能の出現も目撃したのである。