1964年東京五輪は新幹線を残した。では、2020年大会は何を残すのか? 今必要なのは「未来への哲学」だ
【舛添都知事日記】
〔PHOTO〕gettyimages

50年前とは逆のベクトルの「成熟社会」を目指して

2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会は、1964年の大会とどこが違うのか。新国立競技場、大会エンブレムと混乱が続く今、まさにそのことが問われている。2020年大会の理念は、そしてその先の未来への展望はあるのか――。

昨年の秋、ロンドンを訪ねてチャタムハウス、ジャパンソサイエティなどで講演したが、その際にイギリス人の聴衆から、「1964年大会は新幹線を残した。2020年大会では何を残すのか」という質問を受けた。その時、私は、「水素社会」と答えたが、この質疑応答こそ、未来への哲学と深く関連している。

50年前は、戦後の廃墟の中から日本経済を再生させることが課題であり、1964年大会はその大きな旗振り役を演じた。新幹線が開通し、青山通りが拡張され、首都高速道路が建設され、本格的にモータリゼーションが始まった。

そして人々はがむしゃらに働き、経済成長が加速化されていった。また「3C」、つまり車、クーラー、カラーテレビを購入することが庶民の夢となり、その実現に向けて、皆が寝る間も惜しんで頑張ったのである。

私は、当時、高校1年生であったが、戦後の貧しい日本から脱却していく勢いを肌で感じ、本当に嬉しく、心の中には明るい未来が輝いていた。

しかし、一方では、高度経済成長のマイナスの副産物も生まれた。車の排気ガスや工場の煤煙は、大気汚染などの公害を生み、また首都高速は、日本橋に象徴的に見られるように、都市景観を台無しにした。

このような過去50年の歴史を振り返るにつけ、2020年を前に、しっかりとした未来への哲学、理念、方針を打ち出していく必要があると思う。

端的に言えば、それは「50年前とは逆のベクトルを目指す」ということである。これまで、私はそれを「成熟社会」という言葉で表現してきたが、ここでそのことを少し詳しく述べておきたい。

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