100年続くオウンドメディア!? なぜタイヤメーカーが「ミシュランガイド」を発行し続けるのか

2015.10.2 FRI

フランスのタイヤメーカー・ミシュラン社が発行する飲食店・レストラン、ホテルを紹介するガイドブック「ミシュランガイド」。

現在世界24ヵ国で発行され、年間100万部以上が販売されている。一つ星、二つ星、三つ星……匿名での入念な取材によって評価され、高い信頼を得ている。世界で最も権威のあるレストランガイドと言っても過言ではない。

そんなミシュランガイドのはじまりは、パリ万博が開かれた1900年、いまから100年以上前にさかのぼる。タイヤを作るミシュラン社がドライバー向けに、地図を中心にホテルやレストラン、そして自動車の整備方法などを紹介した冊子を作成し、35,000部を無料で配布。

そこから発展し、1930年代にはレストランを星の数で評価するガイドが生まれた。フランスから欧州に広がり、2005年にはニューヨーク版を刊行。2007年、アジアでは初となる『ミシュランガイド東京2008』が発売され、27万部を売り上げた。レストランガイドの他に地図や旅行ガイドを含めると、ミシュラン社の地図・ガイドは現在、世界90ヵ国で毎年約1,000万部以上が販売される。

近年、マーケティングの観点から自社で情報を発信する「オウンドメディア」が増えている。自社の商品やサービス、その背景にある物語や価値観を伝えるものなど様々だが「メディア」として成り立つ圧倒的な成功事例はまだ少ないように感じる。

そんななか、ミシュラン社は100年以上前からその実績を積み上げ、世界各国でミシュランガイドを「メディア」として定着させていると思う。ミシュランガイドは“オウンドメディアの金字塔”とも言えるのではないか。そんな思いを持って、日本のミシュラン社を訪ねた。

なぜ、タイヤを製造・販売するミシュラン社が、一見関係のなさそうなレストラン・ホテルガイドを発行し続けるのか?

その理由を掘り下げるべく、日本版ミシュランガイドの事業開発を一人で担当する(!)開発事業担当部長の伊東孝泰さんに話を聞いた。(取材・徳瑠里香、藤村能光[サイボウズ式]/写真・斎藤優作)

タイヤ以外のもので、ミシュランの価値を伝え続ける“メディア”?

「ガイドを作り、街のお店やホテルを案内することで、自動車での移動が活性化し、タイヤがすり減り、結果としてタイヤが売れる。短絡的に言えば、ミシュラン社にとって、ミシュランガイドはタイヤを売るための“メディア”かもしれませんね。」

でも、ミシュランガイドにはタイヤの紹介などいわゆる広告的な要素が一切ない。皿の上の料理そのものを最高三つ星で、快適さとサービスをフォークとスプーンマークで、星はつかないけれどコストパフォーマンスが優れた飲食店・レストランをビブグルマン(ミシュラン社のキャラクター)で、評価している。

「タイヤを売るためといっても、ガイドに載っているお店に行って“いい体験”をしたお客さまが、タイヤの買い替えを考えたときにミシュラン社のことを思い出してくれたらいいなあ、くらいの感覚なんですね。我々はとにかくお客さまに“いい体験・いいもの”をお届けしたい。その意味では、タイヤもガイドも同じなのです。」

ミシュランのタイヤは、①安全性、②耐久性、③エネルギー効率といった“いいタイヤ”の3つの基準をどれも犠牲にしない、トータルパフォーマンスを追及している。同じようにガイドには、①素材の質、②調理技術の高さと味付けの完成度、③独創性、④コストパフォーマンス、⑤常に安定した料理全体の一貫性という“いいお店”を評価する5つのポイントがある。この徹底した基準が、ミシュラン社が打ち出す製品、紹介するお店の共通項になるのだろう。

「我々が伝えたいことは、単純な商品の良さだけにとどまらない、もっと深いところにあります。つまり我々の企業理念である、”モビリティへの貢献”やコンセプト、我々が大切にしていることをお客さまに知らせて、世の中に広げていきたいと思っているんです。」

すべては“モビリティの発展に貢献する”ために

一定の基準でこだわりぬいたタイヤやガイドを通じて、ミシュラン社が伝えたいコンセプトとは何なのか。

「一つはものづくりを大切にしたい、ということですね。我々はものづくりの会社なので、タイヤに対しても職人としてのこだわりを持っています。飲食店も同じように、料理人は皿の上の見た目も味も含めた美味しさにこだわる。そういういい“ものづくり”を評価していきたいです。

そして、顧客志向であること。とはいってもお客さまが求めることをするという姿勢ではなく、我々が提供するもの・評価するものをお客さまに体験してもらい、結果それがお客さまのためになるという考え方です。選んでもらえたら、損はさせない自信があります。」

その姿勢の根本にあるミシュラン社の使命は、「自由、安全性、効率性、旅行の喜びを促進しながら、人やモノのモビリティの発展に貢献する」こと。そのために高い性能のタイヤを作り、こだわり抜いたガイドを発行している。

「日本ではレストラン、ホテルガイドが定着していますが、ヨーロッパではミシュランは地図屋の老舗でもあるんです。フランスのガソリンスタンドに行くとミシュランの地図は必ずと言っていいほど置いてあります。自転車や自動車で移動するときに地図が必要だよね、旅行をするならホテルはどうしようか、レストランはどこがいいか…というドライバーたちの視点に立って、地図が生まれ、レストラン、ホテルガイドが生まれたんです。」

一見遠いところにあるタイヤとレストラン、ホテルガイドも、ミシュラン社の“モビリティの発展に貢献する”という理念のもとでは明確なつながりを持つ。

利益を上げるより、価値を伝える役割を

ミシュランガイドの売上は、全体の1%ほどだという。売上の99%はタイヤビジネスだ。

「我々の軸はもちろんタイヤビジネスなので、ミシュランガイドで儲けようという戦略はありません。日本では売上全体の1%にも満たないですね。だから、ガイドによって大きな利益を上げようということはなく、とにかく続けることに意義があると思っています。もちろんたくさんの人に届けたいと思っていますが、売上だけに価値は置いてないんです。

タイヤもそうなのですが、ガイドに関しても我々はとにかく同じことをひたすら続けてきただけなんですね。ぶれない評価基準で、自分たちがいいと思うものを作り続け、伝え続ける。1990年から100年以上、同じことを続けてきたことで理解者がでてきたわけです。タイヤを買ってくれるお客さま、ガイドを購入してくれるお客さまは大切な存在ですね。

もちろん時代の変化とともに、環境や条件も変わってきますが、根本的なものは変わっていません。それに、100年以上続けてきたことなので、ここでやめてしまったらもう一生できなくなるという空気感もあるし、やめることはないと思います。」

小さな割合の利益でもミシュランガイドを発行し続け、価値を伝え続けられるのには、ミシュランの企業文化が大きく影響しているという。

「たとえば営業においても、どうやったら1本のタイヤが売れるかよりも、どうしたら我々の製品を理解してもらえるかを考えています。教育もされるので、そういうマインドを持っている社員が多いかもしれません。」

ミシュラン社の行動指針には「企業の行動は、金銭的結果という観点のみで評価されるものではない」とはっきり明記されている。そして、その姿勢はミシュランガイドにもしっかりと現れている。

「ミシュランガイドを発行するうえで、商業行為に走らないということは強く意識しています。ガイドをご覧になっていただければわかるように直接的に製品の売上に結びつくようなPRは一切していません。販促活動とは切り離しています。どうやって宣伝するかではなく、どうやって伝えるかという視点に常に立っています。そこを間違えると、読者(お客さま)にも面白がってもらえないし、自分たちも続けられなくなると思うんです。」

だからこそ、ミシュランガイドは多くの人に永く愛される存在(メディア)になっているのだろう。これは、企業がメディアを運営する上でも大事な視点になりそうだ。

ミシュランガイドはまさに、ミシュラン社の理念や企業文化を伝える強力な“メディア”であると言えるだろう。

つづく。