証券会社勤務から40代で料理家に転身。
NY在住25年、再婚・出産を経て切り開いた第二の人生

ニューヨークを舞台に「挑戦」する日本人――料理家・ひでこコルトン
料理家・ひでこコルトンさん

ニューヨーク在住のフリーライター・公文紫都が、ニューヨークを舞台に"挑戦"する日本人を紹介する当企画。第2弾は、ニューヨーク在住の日本人女性の間で圧倒的な知名度を誇る人気料理家・ひでこコルトンさんにお話を聞いていきます。

外資系証券会社で株のセールスをしていたOL時代から一変、再婚・出産を経て、累計受講者数約1500人の料理教室を主宰する人気料理家になるまでの道のりとは。自身の力で第二の人生を切り開いた、料理家・ひでこコルトンさんの挑戦にフォーカスしていきます。

10歳で訪れた母の死、自然と料理への関心が芽生えた

ひでこコルトンさんは現在、「COLTONS NEWYORK」という会社の代表をしながら、料理を中心とする各種事業を展開しています。季節にあったニューヨークスタイルのおもてなし料理とテーブルセッティングを紹介する日本人女性向けの料理教室「NY*おもてなし料理教室」や、料理教室のプロを目指す認定講座、米国フジテレビ(料理コーナー)への出演、ウェディングをはじめとするイベントプロデュース、企業顧客向け商品PR・レシピ開発事業など。ニューヨーク在住歴25年の知見を活かした活動範囲は幅広く、ニューヨーク在住の日本人女性の間で、圧倒的な知名度を誇る人物でもあります。

今でこそ料理家として名高いコルトンさんですが、元は外資系証券会社勤務と、そのキャリアは異色です。日本株・米国株を扱っていたというOL時代から、40代で料理家へと転身を図るまでには、どんな紆余曲折があったのでしょうか。

「料理に対する興味は、10歳の時に母を癌で亡くしたことがきっかけで芽生えました。当時私には、7歳、5歳の妹がいました。父がお手伝いさんを雇っていたので、定期的に来てもらってはいましたが、やはり妹たちから『お腹空いた……』という声が聞こえてくると、私がなんとかしなきゃという気持ちになって、自然とキッチンで過ごす時間が増えていったんです。お手伝いさんが料理上手だったことや、私自身食べることが大好きだったことも、料理に関心を持つようになった理由だと思います」

大学卒業後は、日本長期信用銀行(長銀)に入社。主に債券を扱う金融ですが、「これがつまらなくて(笑)。でもそんなときちらっと株に目を向けると、なんておもしろそうな世界が広がっているんだと、一気に株に興味を持ちました」。

ちょうど当時は、外資系の証券会社が日本に上陸したばかり。小さいころから英語が好きで得意だったり、海外へ漠然とした憧れがあったりしたというコルトンさんは自然と、ウォール・ストリートを中心としたニューヨークで活躍する自身の姿を夢見るようになり、外資系証券会社への転職を考え始めました。

しかし当時の英語力では、外資系企業で働けないのは必至。「2年で長銀を辞め、その後語学留学のために、ニューヨークにあるコロンビア大学に入り直しました」。