研究、研究、研究。
青色LED発明でノーベル物理学賞受賞、天野浩教授の「強い決意」

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天野浩先生の笑みに潜む決意

(文・福田大展/日本科学未来館科学コミュニケーター)

「実験一筋。とても幸せでした」

思わず、私は骨盤にぐっと力を入れて背筋を伸ばし、拳を握りしめてかしこまった。

昨年ノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学教授の天野浩先生との共著で、ブルーバックスから『天野先生の「青色LEDの世界」』を発売した。

私は天野先生への、4時間に及ぶ長丁場のインタビューに臨んだ。2時間を過ぎたころに休憩を挟んだときのことである。天野先生はすっくと立ち上がって部屋を抜けだした。

私は取材が始まる前、休憩中にはストックホルムでの晩餐会について雑談しようと考えていた。しかし、天野先生は部屋を出て行ったきり戻ってこない。自分の部屋に戻ってメールを確認しているのだろうと私は想像し、忙しいから仕方がないと雑談を諦めた。

しばらくして、天野先生が戻ってきた。「こんなものしかありませんが・・・・・・」。両手に持ったお盆には、熱い緑茶の注がれた茶碗が載っていた。その日は土曜日。研究室に秘書の方はおらず、天野先生と学生が数人しかいなかった。2時間も話し続けた後にもかかわらず、私を気遣ってくれたのだ。この瞬間、私は冒頭のようにかしこまってしまった。

皆さんは、天野先生についてどのような印象を持っているだろうか。笑顔、朗らか、温厚―。そんな言葉が浮かぶかもしれない。冒頭のエピソードからも滲み出ている通り、そんな言葉がぴったりだった。取材中も声を上げてよく笑った。延べ八時間に及ぶ取材メモを見返すと、120回以上も「笑」の文字が記してあった。

私はその笑顔を、ある人物の姿に重ねていた。私が学生時代に在籍していた結晶物理学の研究室でお世話になった助手の姿だ。私がどんなに朝早く研究室に行っても、彼はつなぎ姿で実験を始めていた。夜は誰もいなくなるまで。彼は銀色に輝く結晶を実験装置から取り出し、顔を近づけて目を大きく見開いた。にんまりと口を横に広げて、くちびるの両端をくっと持ち上げ、ガラスケースの奥に並ぶおもちゃを眺める子供のような眼差しを結晶に注いでいた。

天野先生も実験に明け暮れていた。たとえ正月でも休んだのは元日だけ。2日にはすでに実験を再開していたという。「映画とかボウリングとか、同年代の人たちの遊びには興味がなかった。実験一筋。とても幸せでした」。天野先生の目尻にしわが寄った。