読書人の雑誌『本』
ヘイトスピーカーには「覚悟」がない!
想像力で「言葉の暴力」を防ごう

〔Image Photo〕gettyimages

暴力とは何か?

文/久田将義(編集者)

ネット普及で顕在化した「言葉の暴力」

僕たちは、物心ついた時から、先生や親から「暴力はいけません」と教えられてきました。けれど、ニュースでは大小の暴力事件が毎日のように流れています。

なぜ、いけないと分かっているのに人は暴力を振るうのだろうか、という疑問をぼんやりとテレビや新聞、雑誌、ネットの暴力に関する報道を見ながら持っていました。暴力とは何だろう―それが新刊『生身の暴力論』(講談社現代新書)の執筆動機です。

暴力は人を傷つけます。殴れば傷害になります。相手を肉体的に傷つけるだけでなく、自らも罪を背負わなければなりません。

言葉の暴力もあります。「殺せ」「死ね」やヘイトスピーチ等は相手の心に傷を負わせます。僕の知り合いは、2ちゃんねるで自分への書き込みを見つけ、精神疾患になってしまいました。書き込み内容はその人に関する、誹謗中傷だったらしいのです。これも暴力と言えるでしょう。

言葉の暴力に関して言えば、ネットが普及する前まではせいぜい、その人がいない所で陰口をたたく程度だったはずです。居酒屋や電話で悪口を言うくらいのものだった訳です。

しかしネットの発達やSNSの普及により、面識のない人にまで暴言・罵倒を投げつけられるようなシステムが構築されました。知らない人たちとコミュニケート出来るようになった反面、言葉の暴力が増加するのは致し方ないのかも知れません。あるシステムが発達すればするほど、マイナス部分も顕在化するのは世の常です。

僕は、暴力と徹底的に向き合い、さまざまな暴力をさまざまな切り口で考察する事を試みました。暴力と言っても先にあげた、肉体を傷つける暴力と精神を病ませる言葉の暴力と二つに分かれます。前者もさらに、シチュエーションで色々分類されます。ニュースで多いのは、駅構内、タクシー内、酒場など繁華街における事件などです。