読書人の雑誌『本』
総理もネトウヨもみな「虚人」である
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総理もネトウヨもみな虚人である

文/島田雅彦(作家)

小説を書くということ

小説家は様々な人格に憑依し、その欲望、苦悩、屈折、悪意を我が身に引き受けながら、書く。誰に依頼されたわけでもないのに、そうやって他者の秘密を嗅ぎ回るスパイ活動をしている。解離性人格障害そのものを商売にしているといっても過言ではない。

他人が背負った過去や罪をどう引き受けるか? それが問題だ。小説を書くこと自体が、患者と分析医の二役を兼ねるということであり、自身の中に複数の交代人格を育て、それらを巧みに統制するということでもある。

70年代初頭の日本で、七つの化身を使い分け、悪の枢軸「死ね死ね団」と戦ったレインボーマンは私の小学生時代のヒーローである。私は自らもレインボーマンになり、資本主義的謀略と戦うことを夢見たが、ヘタレだったので、小説家になってしまった。

しかし、悪に立ち向かうヒーローを続々、世に送り出すことによって、思春期初期の誓いは守り続けてきた。『虚人の星』の解離性障害に苦しむ少年とは私自身のことに他ならない。

孤高の文学青年だった私は大学生になると、冷戦時代の世相を受け止め、ロシアン・スタディーに進み、卒業後は外交官か、企業のロシア駐在員になろうと考えたこともあった。主人公星新一には小説家にならなかったもう一人の自分が反映されている。

ある日気づくと、中国のスパイにさせられていた星新一の物語を通時的な縦糸にし、共時的な横糸に世襲総理の暴走と苦悩を織り込む。これが『虚人の星』の基本構造である。

七つの人格を駆使して、謀略逆巻く日中間をコウモリのように暗躍するレインボーマン二世と、やはり自身の心のうちに危険なナショナリストの人格を抱え込んだ世襲総理は、互いに異なる境遇に生まれ育ち、全く別々の場所にいて、出会うはずもなかったが、一方が「売国奴」になり、もう一方が「極右」になることで、引き寄せの法則が働く。

両者に似たところがあるとすれば、どちらも嘘つきだということ。

スパイは二重三重の嘘をつき、時に自分さえも欺く。七つの交代人格の意見も立場も異なるので、元々、本心なんてものはない。臨機応変に態度と言動を変え、秘密を盗み出す。

総理もまたコトバと行動の矛盾を積み上げてゆく。憲法を遵守すると誓いながら、違憲行為を繰り返し、平和主義を唱えながら、戦争準備に余念がない。富の再分配と利益還元を呼びかけながら、福祉を削っている。誠実な人間なら、深刻な心の病は避けられない。