産めない母と育てられない母 
「特別養子縁組」で子どもを授かるという選択

Photo by iStocks(写真はイメージです)

「私は産めなかったから。自分にはできないことをしてくれたという気持ちが大きいんですよねえ。この子と出会わせてくれた実母には、本当に感謝ですよ。この子を産んでくれなかったら、私は母にはなれなかったので」

村田晴美さん(仮名、44歳)は、5年間にわたる不妊治療を経て「特別養子縁組」によって長女・絵美里ちゃん(仮名、2歳)と親子になった。2人に血のつながりはない。

特別養子縁組は、6歳未満の児童を対象に、家庭裁判所が「子どもの利益のために」必要だと判断した場合、実親との親子関係を消滅させ、養親の実子とする養子制度だ。

家を守るためなどを理由に親族間で行う「普通養子縁組」と違い、戸籍上も「養子・養女」ではなく「長女・長男」と記載され、離縁も認められない。つまり、血のつながらない子どもを家族として受け入れるための制度となる。

産めなかった母〜血のつながらない子を育てられるのかという不安

35歳で結婚した晴美さんは、37歳のときに不妊治療を始めた。男性の精子を子宮内に人工的に注入する「人工授精」から、子宮から卵を取り出しシャーレの中で精子と受精させて再び戻す「体外授精」まで、5年間不妊治療を続けたが授精することはなかった。

不妊治療を重ねれば重ねるほど、子どもがほしいという気持ちが膨らんでいく。でももう不妊治療をこれ以上続けるには、精神的にも、身体的にも、金銭的にも限界がある。

気分転換にと夫婦で出かけた旅行でも、ひょんなことで夫の明義さん(仮名、46歳)と大喧嘩に。追いつめられた晴美さんの頭に浮かんだのが「特別養子縁組」という選択肢だった。

「不妊治療を続けるなかでその存在は知っていたんです。でもやっぱり、血のつながらない子どもを家庭に受け入れるには、抵抗、というか不安があって。本当に自分の子どもとして育てられるのか、主人や両親、世間から理解してもらえないんじゃないか、偏見をもたれて子どもと傷つくんじゃないかって。でも、旅行での大喧嘩でどこか投げやりになって、勢いで児童相談所に駆け込んでいました」

特別養子縁組をするには、まず国が管轄する児童相談所か民間のあっせん団体に申請し、研修や家庭調査などを経て、認定・登録をしなければならない。申請要件や研修内容は自治体や団体によって異なる。

たとえば東京都では、25歳以上50歳未満の婚姻している夫婦であること、居室の広さが2室10畳以上あること、収入が生活保護水準を上回っていることなどが条件として挙げられる。年齢、夫婦関係や経済力も含む家庭環境のほか、受け入れる心構えも条件のひとつとなるため登録の前にも研修を行う。

気持ちが傾くものの研修があっさりしていていまいち決断ができなかったという晴美さんは、特別養子縁組を望まない「養育里親」の事前研修を受けた。そこでも「子どものための制度」であること、障がい児童や虐待児の育てにくさなどが強調され不安が拭えない。

そんななか、子育ての面白さを語る1人の里親に出会い、泣きながら思いをぶつけたことがきっかけでようやく決心がついた。

「実子3人と里子2人を育てる里親さんが『子育てって本当に楽しいから、ぜひみなさんにも経験をしてほしい。子どもを受け入れたいと思う親の気持ちだって大切にしていいと思う』とおっしゃっていて、背中を押されたんです。

その後は主人を巻き込むため、研修には必ず2人で参加して説得しました。初めは面倒くさそうでしたが、研修で児童養護施設に一泊2日で滞在したときには、私よりも子どもと仲良くなって『連れて帰りたい』と寂しそうでしたね」

こうして村田夫妻は自治体が求める条件を満たし、子どもを迎え入れる体制を整えた。養親組希望里親に登録をしてからすぐ、児童相談所から子どもの紹介があり夫婦で乳児院に駆けつけた。

生後3ヶ月の絵美里ちゃんと面会。抱いた瞬間に、不妊治療で大変な思いをしたことも忘れるくらい温かい感情がこみ上げて涙が出た。この子の親になる。踏み切れなかったのが不思議なくらい自然と強い気持ちが湧いた。

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