演出家・鴨下信一さんが選ぶ「わが人生最高の10冊」

疎開体験から始めた乱読癖と生きて
演出家の鴨下信一さん

乱読癖をあらためたきっかけ

僕の読書遍歴は乱読そのものでした。純文学から、「ミステリー」という言葉が生まれる前の「探偵小説」、古文、漢文、辞書、学術書にいたるまで、あらゆる本を読み漁りました。そんな読書スタイルが身に付いたのは、子供時代、あちらこちらに疎開をした経験からです。

1935年生まれの僕は小学4年生の途中まで東京の下谷にある学校に通っていたのですが、戦況が厳しくなってきたため、鎌倉市内の親戚宅へ。日本ニュース映画社に勤めていた伯父の家でした。

その家の本棚には、子供向けの本などなくて、時代小説ばかり。中里介山が書いた全41巻の『大菩薩峠』が18巻まであったので、2回読みました。今回、8~10位に時代小説をあげましたが、その原体験が、疎開先の本棚だったのです。

鎌倉にも空襲の怖れが出てくると、今度は高崎市内の伯母宅へ。医者の家だったので、ここの本棚には医学書を中心とした理科系の本しかありませんでしたが、片っ端から読みました。医学書の写真が怖かったことをよく覚えています(笑)。

高崎も危なくなったので、次は同じ群馬県内の吾妻郡内へ。初めて他人の家にお世話になったのですが、この家にはあらゆる通俗本が揃っていました。大衆小説はもちろん、猟奇的な小説もありましたね。この時点で、「本のジャンルに貴賤はない」という読書観が固まったのです。

戦争が終わって東京に戻り進学した中高一貫校では、先生に恵まれた。漢文では司馬遷の『史記』、古文では義太夫浄瑠璃の『菅原伝授手習鑑』を教材にただ受験のためというのではない個性的な授業をしてくれる先生方がいて、その面白さに気づくことができました。

中高時代は映画と演劇を月に計30本以上は観て、夜はラジオドラマを欠かさず聴き、その後は読書。大忙しの学生生活でした(笑)。

'58年にTBSに入社した後も、乱読は続きます。歌番組や『七人の刑事』、『日曜劇場』などの演出をやりながら、あらゆる本を読む日々でした。ところが、40歳を目前にして転機が訪れます。右目が網膜剥離になり、約40日間の入院を余儀なくされたのです。

網膜剥離は今でこそ日帰り手術でも治せますが、当時は深刻な病気。失明の可能性すらありました。