現代新書
急増する"虐待"老人ホーム 
巨大な介護市場に巣くう悪徳業者たち

【前書き公開】長岡美代『介護ビジネスの罠』
〔photo〕gettyimages

川崎市内の老人ホームで3人が相次いで転落死するという、異常事態が起きた。その後、同じグループの介護施設では、職員が入所者の首を絞めるなどの虐待があったことも報じられている。なぜ、介護の質はこうも劣化してしまったのか?

介護業界のウラとそこに潜む問題に迫った注目の新刊介護ビジネスの罠の前書きを特別公開します。


はじめに

 海外旅行に出かけた先で飛行機を降りた途端、その国独特の匂いや雰囲気を感じ取れるように、老人ホームも玄関に足を踏み入れたときに受ける印象はそれぞれ違う。

 ふわっと柔らかな心地いい空気が流れていることもあれば、長く留まるのを避けたくなるようなギスギスした気配を感じる場合もある。それは案外、ホームの質を表していたりする。

 ところがそこは、人がいる気配が不思議なほどに感じられなかった。

 薄暗いマッチ箱のような小さな部屋が平屋建てのホーム中央にある浴室を取り囲むように配置され、廊下からなかが丸見えになっている。介護ベッドを置くのがやっとの広さの部屋には、トイレも洗面所もない。

 入居者はたしかにいる。点滴スタンドに掛けられた容器からチューブが垂れ、その先がベッドに横たわる高齢者の腹部につながっている。経管栄養の胃ろうである。どの部屋を覗いても見える光景は変わらず、物憂げな表情まで一様なので不気味にさえ思えてくる。早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られるほどだ。

「空きは2部屋ですが、すぐに埋まるかもしれません。ここのところ申し込みが続いているものですから……」

 女性スタッフのやたらに甲高い声が、静まり返ったホーム内に響き渡った。

 入居を急かす老人ホームにありがちな営業トークのように聞こえるが、筆者の見学中も電話での問い合わせをいくつか受けており、話は本当だった。

 ここは東海地方に点在する老人ホームの一つで、通称「胃ろうアパート」とも呼ばれる。口から食べられなくなった経管栄養の要介護者を専門に引き受け、前代未聞の巧妙な手口で公費を搾取していたことが一時、テレビや新聞、週刊誌などで騒がれ、社会問題にもなった。筆者は久しぶりにアパートの一つを訪ねたが、当時と状況はまったく変わっていなかった──。