洋画家・絹谷幸二さんが選ぶ「わが人生最高の10冊」
生と死、善と悪。表も裏も面白い

早く自立したかった

私が生まれ育ったのは古都・奈良。猿沢の池のすぐそばです。生家は料亭を営んでいて、吉川英治、志賀直哉、アンドレ・マルローら文人墨客が出入りするような文化サロンでした。

箸より重いものは持ったことがない。乳母日傘のぼんぼん育ちで、文化的、経済的には恵まれていたものの、家庭環境は複雑でしたね。

道楽者だった父は、私が幼稚園児だったころ愛人のもとに転がり込み、両親は離婚。母も家を出てしまい、私は姉夫婦のもとで育てられました。

時々、奈良を離れた母が様子を見に立ち寄ってくれるのですが、母が向こうの家に帰宅する時間が遅くなるだろうからと、眠くもないのに寝たふりをする、それくらいマセた、大人みたいな子供だったのです。

そのせいか、およそ子供らしい児童図書が嫌いだった(笑)。例外的に好きだったのが7位に選んだ『十五少年漂流記』。無人島に漂着した15人の少年は、自分たちの力だけで生き延びねばならない。早く大人になりたい、自立したいと願う私の心に響いたんでしょうね。

子供時代の遊び場といえば、興福寺や元興寺、春日大社などの名所旧跡。国宝クラスの美術品がごろごろあり、放課後にはよくお気に入りの仏像をスケッチしに出かけたものです。

家に帰れば、サロンの中心的な存在だった東大寺の上司海雲さん(後の管長)などが声をかけてかわいがってくださる。土地柄、名僧の仏教説話を耳にする機会も多く、物心ついたころには、すでに仏教哲学が骨の髄まで染み込んでいたような気がします。

そんな私が長じて「わが意を得たり」と感じたのが「維摩経」です。武者小路実篤版はじめさまざまな現代語訳が出ていますが、第1位に選んだ鎌田茂雄さんの『維摩経講話』がもっとも面白くて読みやすかった。

維摩は大金持ちの在家信者。彼が病気になったというのでブッダの弟子たちがお見舞いに行くのです。

そこで維摩と対峙し問答することになるのですが、智慧でおなじみの文殊はじめ錚々たる高弟たちが、俗人である維摩に次々とやりこめられていく。そんな痛快なドラマ仕立ての経典です。

維摩経の根底を貫くのが「不二」の思想。これは生と死、善と悪、戦争と平和など一見相反する二つのことも根源はひとつだという考え方です。

酒におぼれるからこそ禁酒があり、性欲があればこそ禁欲に意味がある。それまでもやもやと抱いていた感覚に、ようやく的確な言葉が与えられたような感動を覚えました。この考えは今も私の創作活動の土台になっています。