雑誌
講談社ノンフィクション賞受賞作決定発表!
眞並恭介『牛と土 福島、3.11その後。』

「受賞のことば」と「選評」

受賞作品
牛と土 福島、3・11その後。』(集英社刊)
眞並恭介

今回の受賞作は、ルポルタージュ、伝記、体験記などのノンフィクション作品で、単行本、新聞、雑誌などに、'14年5月1日より'15年3月末日までに発表されたものから選ばれました。選考委員は、後藤正治、高村薫、立花隆、中沢新一、野村進の5氏です。

候補作品は受賞作品の他、伊藤彰彦『映画の奈落 北陸代理戦争事件』(国書刊行会)、上原善広『石の虚塔 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』(新潮社)、尾崎真理子『ひみつの王国 評伝石井桃子』(新潮社)の3作でした。

受賞のことば

東京電力福島第一原子力発電所の事故後、国は警戒区域内に取り残された家畜に安楽死処分の指示を出した。

しかし、被曝してもはや商品ではなくなった牛を飼いつづける人たちがいる。経済的価値が最優先の日本で、彼らは身の危険を冒し、自らの賠償金や慰謝料をつぎ込んでまで、被曝した牛の「生きる意味」を見いだそうと悪戦苦闘していた。

土壌の放射能調査に同行し、被災した犬や猫、野生動物の取材に福島へ通うようになった私は、しだいに牛と牛飼いに引きつけられていった。

立入許可証で検問を越えれば、無人の街や野山を牛の群れが駆けまわり、動物の死骸も転がっていた。原発事故により出現した放れ牛は、2014年1月に最後の捕獲・安楽死処分が行われて全滅したが、家畜でありながら野生動物のように生きた姿を記録にとどめることができた。

最期まで人を信頼し従順に寄り添って死んでいった親子もあれば、野獣となって暴れ抵抗した猛者もあった。

車中泊の深夜、ふと窓を叩く音に目を覚ますと、化け物が覗いていた。ぎょっとして、それが猿だと気づくまでの恐怖。だが、化け物とはおのれ、あらゆる生きものを食いちらし、とんでもない事故を起こした人間の方ではないか。

人の絶えた大地に四季は巡り、花々は咲き乱れ、夜は月と星の光だけで、異様なほど美しい。どこか神話的な世界に、本来は家畜である牛が大地を疾駆して生きているというのは、かつて日本にはなかった光景だ。

2013年8月の避難指示区域再編後、帰還困難区域と居住制限区域を合わせると、東京23区全体の面積を超える。広大な国土が放射能汚染のために失われようとしている。放れ牛はすでに斃れ果て、兵どもが夢の跡となったが、今も約500頭の牛が安楽死に不同意の牛飼いの手で飼養されて生きている。

今回の受賞を励みに、私は今後も原発事故被害の現場証人である牛たちが教えてくれることに心を傾けていきたい。

被曝千里おやみなく牛虹を待つ

しんなみ・きょうすけ/'51年、大阪府茨木市生まれ。北海道大学文学部ロシア文学科卒業。出版社、編集プロダクション勤務を経て、'92年にライブストーン株式会社を設立、代表取締役に就任。主に医学・医療分野の雑誌、書籍の編集、出版に従事する。'02年から'14年まで、毎日新聞大阪本社特約記者としても活動。著書に『セラピードッグの子守歌 認知症患者と犬たちの3500日』(講談社)がある