北康利 第3回
「谷沢永一先生の『回想 開高健』に感動して、1年後、生まれてはじめてファンレターを書きました」

撮影:立木義浩

第2回はこちらをご覧ください。

 シマジさんのエッセイを読むと、よく「人生は運と縁とセンスである」という文句が出てきますね。

シマジ 本にサインをするときにも決まってそう書いていたんですが、あるとき熱心な読者から「シマジさんの場合、センスよりセックスではないですか。そのほうがシマジさんらしいですよ」と言われましてね。それからは、ときに読者の顔を見て「センス」ではなく「セックス」と書くようにしています。

立木 なるほどね。読者はちゃんと見抜いているんだね。たしかに「人生は運と縁とセックスである」のほうがシマジらしい。

シマジ セックスだってセンスが重要ですよ。

セオ なにせシマジさんは今東光大僧正からセックスの法力を一子相伝されているらしいですからね。「乗り移り人生相談」のミツハシがいくら訊いても教えてもらえないと嘆いていました。

シマジ まあ、その話は置いといて、北さんの深遠なるお話を聞きましょうか。

 深遠などと言われると話しづらくなりますが、わたしも人生は「縁」というものが大事だと思っています。「小才は縁に出合って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を生かさず、大才は袖すり合った縁をも生かす」という柳生宗矩の柳生家家訓が好きです。柳生家は徳川家康との縁を最大限に生かして大名にまでなったわけですから。

シマジ なるほど。そして縁を掴むのにはまず「じかあたり」が必要でしょうね。人間は直に会ってこそなんぼです。