それは愛か、憎しみか
〜母の「呪縛」から逃れようともがく娘たち

【書評】唯川恵『啼かない鳥は空に溺れる』/評者 榎本正樹
[Photo]iStock

母と娘の関係は、父と息子や父と娘の関係以上の葛藤を含んでいるように思える。

母は娘を様々な仕方で縛り、娘はそんな母の呪縛から逃れようとする。縛り縛られる母娘の情景を、女性作家は自身の通過儀礼として描き続けてきた。

契約社員として働く32歳の千遥(ちはる

は、気性が激しく攻撃的な母から邪険に扱われてきた。母の態度に脅え、顔色を窺う生活は、東京で1人暮らしをするようになった今でも続く。27歳のグラフィックデザイナー亜沙子は、母親と週末ランチを楽しむが、娘との親密な関係を記す母親のブログの文章に違和感を覚える。

面識のない二組の母娘の日常を、千遥と亜沙子の視点で交互に描く章の展開によって物語は進む。

2人の娘にほぼ同時に結婚話がもたらされる。娘の結婚相手が有名な外資系ファンド会社の社員であることを知った千遥の母は、それまでの態度を一変させる。自分の眼鏡に適った男を娘と結婚させようとたくらむ亜沙子の母は、娘の結婚後も一緒に暮す計画を着々と推し進める。母は娘を手放さない。

しかし、それぞれ異なる理由で結婚が破談になり、千遥と亜沙子はある決意へと促されていく。

怒りをぶつけ、暴言を吐き、精神的に追いつめる母。娘に人生を捧げるポーズをとり、罪悪感に訴える母。母はありとあらゆる手段を尽くして、娘をからめとろうとする。逃れたくても逃れられない泥沼のような関係は、もはやホラーだ。

そして恐るべきは、娘の母もまたかつて娘であったという事実である。母―娘の中で連鎖する関係の呪縛を、彼女たちはいつの日か断ち切ることができるのだろうか。

苦しい経験を経て、千遥と亜沙子は自分にとっての真の幸福を見つけだそうとする。2人の「自由」の獲得の過程に共鳴する読者は多いだろう。

そんな娘に呼応するラストの母親たちのレスポンスに、母と娘の関係の本質を見据えた小説家唯川恵の驚嘆すべき想像力は発揮される。「母娘文学」の新たな地平を切り開いた傑作である。

えのもと・まさき/批評活動の他、大学の教壇に立つ。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。全話完全解読』他

『週刊現代』2015年9月19日号より

* * *

『啼かない鳥は空に溺れる』
唯川恵・著 幻冬舎/1500円

愛人の援助を受けセレブ気取りで暮らす32歳の千遥は、幼い頃から母の精神的虐待に痛めつけられてきた。一方、中学生のとき父を亡くした27歳の亜沙子は、母と二人助け合って暮らしてきた。千遥は公認会計士の試験に受かった年下の恋人と、亜沙子は母の薦めるおとなしい男と、結婚を決める。けれどその結婚が、それぞれの“歪んだ”母娘関係を、さらに暴走させていく。

ゆいかわ・けい/'55年生まれ。会社員を経て作家に。'02年『肩ごしの恋人』で直木賞受賞。『途方もなく霧は流れる』他

=> Amazonはこちら
 => 楽天ブックスはこちら



 ★ アーカイブ記事が読み放題
 ★ 会員だけが読める特別記事やコンテンツ
 ★ セミナーやイベントへのご招待・優待サービス
 ・・・など会員特典あり

ご入会はこちら