ある夜、追いつめられた男の前に現れた美女は「金魚の化身」だった。楽しくも切ない長編
【書評】荻原浩『金魚姫』/評者 豊﨑由美
[Photo]iStock

朱い和金か黒い出目金ばかりが泳ぐたらいの中で、ひらひらと美しい尾びれをたなびかせる色とりどりの琉金。金魚すくいで狙ったものの、通称「ポイ」と呼ばれる紙の網をあっさり破かれた。そんな経験を持つ方は多いのではないだろうか。

荻原浩の『金魚姫』の主人公・潤もまた立ち寄った夏祭りで、一尾の紅色の琉金に目をつける。が、彼の場合は、すくい上げることに成功するのだ。ノルマがきつい仏壇仏具販売会社でこき使われている上、結婚まで考えていた恋人に家を出て行かれ、心身ともにバランスを崩してしまっている潤。

彼が琉金を狙ったのは、美しさに目をひかれたからじゃない。狙っても成功する確率が低い、夜店側からすれば「見せ玉」である大物をすくうことができなかったら〈この辺りでいちばん高いマンションの屋上に行くつもりだった〉のだ。

一世一代の賭けに勝った潤の身に、その夜から不思議なことが起きる。夜中に目を覚ますと床や洗面所が水浸しに。鬱病に加え夢遊病まで併発したのではないかと頭を抱えていると、目の前に真っ赤な民族衣装のようなものを着た美女が出現するのである。幻覚として片づけようとしたのだが、翌日、美女は再び登場。自分が金魚の化身であると告げるのだ。

えびせんを欲しがり、テレビのCMやドラマに出てくる女性の真似ばかりして、「笑止」が口癖で、トンチンカンな言動が可笑しい金魚の化身をリュウと名づけ、わがままに振り回されながらも同居生活が楽しくなっていく潤。リュウのおかげか、死者が見えるようになり、そのことで営業成績も伸びていって、明るさを取り戻していく日常。どうして金魚になってしまったのか、ここにいるのがなぜなのか知りたい、記憶を取り戻したいというリュウの願いをかなえようと協力する潤だったのだけれど―。

読者には、物語冒頭でリュウが1700年前にどんな目に遭い、どうして金魚になったのかは明かされていて、知らぬは主人公コンビばかり。現代日本に現れた目的も、読者には先にわかっていくような構成になっている。ところが! 何もかも心得ているつもりの読者に、作者はある罠を仕掛けているのだ。

〈すべては繋がっている〉〈巡る輪はいくたびも同じ場所へ戻る〉といったキーフレーズを繰り返すこの物語が、378ページに至って明かす衝撃の事実。心揺さぶる展開を楽しみに、読み進めていって下さい。

とよざき・ゆみ/'61年生まれ。ライター・書評家として雑誌を中心に活躍。著書に『ニッポンの書評』『まるでダメ男じゃん!』他

『週刊現代』2015年9月19日号より

『金魚姫』
荻原浩・著
KADOKAWA/1700円

勤め先はブラック企業、うつうつと暮らしていた潤。日曜の夕刻、近所の夏祭で目に留まった金魚を持ち帰ったら、部屋に妖しい美女が現れて・・・・・・!? 金魚の化身に戸惑う潤。だがそれ以来、商談が成立するようになり。

おぎわら・ひろし/'56年生まれ。コピーライターを経て作家に。『明日の記憶』で山本周五郎賞受賞。『家族写真』他

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