雑誌
【クルマ界歴史の証人】
日本の「ミスター・ル・マン」寺田陽次郎 PART2

打倒スカイライン、そして世界への挑戦
1974年、マツダの12Aロータリーエンジンを搭載したシグマMC74でル・マンに初挑戦

【PART1】はこちら

自動車業界およびモータースポーツの勃興期に活躍され、多大な功績を収めた先輩方に語っていただく本企画。

寺田陽次郎氏の最終回は、いよいよ動き出した大橋孝至氏との師弟コンビによる活躍だ。国内であの伝説のマシンを倒し、そして世界へと挑戦していくまでの証言となる。

今回の証人寺田陽次郎とは?

代表を務めるオートエクゼ開発のニューロードスターの前で

1947年、神戸市生まれ。高校時代にレーサーを志し、卒業と同時に名レーサー、古我信生氏に師事。1965年、ホンダS600でレースデビュー。1969年、マツダオート東京に入社。ファミリアロータリークーペ、カペラ、サバンナRX-3などを経験し、1974年の富士ツーリングチャンピオンに輝く。以後1976年まで富士ツーリストトロフィーレースで3年連続優勝を果たす。

デイトナ、ル・マン、スパ・フランコルシャンの「世界3大24時間レース」に初めて完走した日本人ドライバーである。ル・マンには1974年以降、数多く参戦し、3回のクラス優勝を含め、日本人としての最多出場記録を持つ。

マツダスピード退職後は、1997年、オートエクゼを設立し、モータースポーツ活動とマツダ車専用自動車部品の開発・販売に意欲的に取り組んでいる。

また2003年にはフランス「ル・マン24時間レース」の主催者であるACOの理事に就任。こうした長年の功績により、日本人初の「スピリットオブル・マン」を2006年に受賞。日本では「ミスター・ル・マン」の愛称で知られる。