スゴ本の広場
2015年09月11日(金) 牧村康正,山田哲久

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男
〜カリスマ・プロデューサーの破天荒な一生

【特別公開】牧村康正+山田哲久『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男』

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プロデューサー西崎義展(1934ー2010)はすべてにおいて「特異な男」だった

日本アニメの金字塔「宇宙戦艦ヤマト」誕生から40年あまり。アニメのビッグ・ビジネス時代を切り拓いたカリスマ・プロデューサー、西崎義展の発想・仕事・交渉・人生の全てが、いま多数の証言、綿密な取材によって初めて明かされる……。

新刊『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』より、その一部を特別公開!


1)それは一枚の企画書から始まった


彼は悪党であった。

そして、誰もが知る時代のシンボルを創り上げた人物だった。

その男の破天荒な生涯をこれからたどろう。

「宇宙戦艦ヤマト」のプロデューサー・西崎義展が、遊泳のため訪れていた小笠原・父島で船上から海へ転落。午後2時58分、死亡が確認された―― 。

平成22(2010)年11月7日、その夜半にもたらされた訃報に首をかしげる関係者は少なくなかった。

「もしや西崎は消されたのではないか。あの男はそれだけの恨みを買っている」

またたく間に、本気ともブラックジョークともつかぬ他殺説が世間に流布されていった。

他殺説にはいくつかの根拠がある。さかのぼること13年前、西崎は約80億の借金を抱えて破産した。被害に遭った債権者たちの怒りは冷めていない。

さらに西崎が死去する前年、新たに資金を集めて製作公開した映画「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」も興行成績は不振に終わっている。どちらを向いても、金の恨みを買う相手には事欠かなかった。

また、西崎は覚せい剤所持、銃火器所持などの罪で服役し、3年前に刑務所を出たばかりであった。当然、暴力団との危険な関係が取りざたされる。しかもその一方では漫画家・松本零士との著作権裁判を獄中から指揮し、善玉ヒーローと目される松本を打ち負かしていた。

〈憎まれっ子世にはばかる〉を地で行く西崎は四方八方敵に取り巻かれ、いつ消されてもさほど不思議ではなかったのである。

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