雑誌 ドクターZ
「維新」分裂騒動に学ぶ 
政党の離合集散、2つの決定要因

〔photo〕gettyimages

維新騒動は

2つの軸で読み解ける

「維新の党」の成り立ち

維新の党の分裂騒動が勃発した。橋下徹、松井一郎両氏は離党し、今年11月の大阪市長、大阪府知事のいわゆるW選で改めて「大阪都構想」を問うだろう。

この維新騒動をよく見通すためのポイントはどこにあるのか。

まず、維新の党の成り立ちを振り返ろう。2008年2月に大阪府知事に就任した橋下徹氏は、既存政党に実現を阻まれていた地方分権を実行するために、'10年4月に地域政党「大阪維新の会」を立ち上げた。

'11年11月、橋下氏が大阪市長選、松井氏が大阪府知事選を戦ったW選があった。選挙論点は、地方分権策である大阪都構想や公務員制度改革であり、当時は同じ政策の「みんなの党」と蜜月状態だった。ところが、橋下−渡辺喜美両氏のケミストリーが合わずに、この良好関係は解消された。

'12年9月、地域政党「大阪維新の会」を母体に、自民党、民主党、みんなの党から離党した国会議員を加えて、「日本維新の会」を設立。この段階では、地方分権を柱としており、既存政党にない魅力が満ちていた。

さらに、橋下−石原慎太郎両氏のケミストリーが合って、同年11月には「太陽の党」を吸収。しかし、安全保障分野での方向性は同じだが、経済分野で既得権のしがらみがある勢力との野合という批判が出始めた。

結果、'14年7月に分党して次世代の党を切り離し、日本維新の会は再び純化路線に戻るかと思われた。

ところが、直後の9月、みんなの党から分かれた「結いの党」と合流し、「維新の党」へ。「結いの党」は、集団的自衛権でみんなの党と意見が合わなかった人たちだが、「維新の党」とも方向性が異なるのは明白だった。