李香蘭と原節子の時代に満州へ渡り、銀幕を支えた女性がいた。ある映画人の波乱の人生
【書評】著・岸富美子、石井妙子『満映とわたし』/評者 四方田犬彦
〔PHOTO〕iStock

李香蘭(山口淑子)と原節子。2人はともに1920年生まれでありながら、対照的な女優人生を生きた。だがわたしは彼女たちの評伝を著した直後に、同じ年に生まれた、さらに重要な映画人を知ることになった。岸富美子である。

岸富美子は16歳のとき、原節子の主演映画のフィルム編集に関わることで映画界に入った。その後、満洲に渡り、李香蘭が活躍する満洲映画協会(満映)に移って編集者を務めた。いや、そればかりではない。満洲国が滅びるとかの地に残り、辛酸を舐めながらも新中国の映画人のために映画学校で教鞭をとった。記念碑的名作といわれる中国映画『白毛女』の編集も、実は彼女の手になるものだった。

本書はその岸の自伝を石井妙子がリライトし、随所に批評的なコメントを挿入してなった書物である。日本映画史の欠落部を埋める貴重な文献としても、満洲研究の貴重な証言としても興味が尽きない。また現在と違い、女性の映画進出がきわめて遅れていた戦中戦後の日本映画界で、謙虚に、しかし映画への尽きせぬ情熱をもって生きた女性映画人の物語としても、読後に感動を禁じえない書物である。

さまざまなことが語られている。中国残留をみずから選んだ内田吐夢監督が、理不尽な境遇にあっても毅然として生き、帰国後はすべてに沈黙を守ったこと。残留した日本人たちの間で生じた争いと裏切り。「アカ」だと見なされて苦労した、帰国後の日々。そうした悲痛な挿話のなかに、ときおり映画的な幸福感に満ちた挿話が混じる。

著者は若い中国人女性編集者たちにフィルムの繋ぎ方を教えるにあたり、こっそりと保存されていた日本映画『無法松の一生』のフィルムを探しだし、教材に使用する。皮肉なことにその編集技術は、かつて来日したナチスドイツの女性編集者から伝授されたものであった。20世紀の三大発明はファシズムと共産主義国家、そして映画だとはよくいわれるところだが、その3つすべてを体験した日本人女性の物語である。

よもた・いぬひこ/明治学院大教授、ボローニャ大客員研究員などを歴任。『ルイス・ブニュエル』で芸術選奨受賞

『週刊現代』2015年9月12日号より

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『満映とわたし』
著者 岸富美子、石井妙子
文藝春秋/1600円

甘粕正彦が君臨し、李香蘭が花開いた国策映画会社・満洲映画協会―戦後70年、初めて明かされる満映崩壊後の真実。映画編集者・岸富美子95歳、最後の証言。

きし・ふみこ/'20年生まれ。満映で映画編集に携わる
いしい・たえこ/'69年生まれ。作家。著書に『日本の血脈』他

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