11億円の裏金を強奪した男の「戦後」。昭和の熱気を鮮やかに描く犯罪小説
【書評】藤田宜永著『血の弔旗』/評者 佳多山大地
〔PHOTO〕iStock

2015年8月15日、日本は70回目の終戦の日を迎えた。先の大戦を実感として知る最後の世代――太平洋戦争のさなかに小学校に入学した「焼け跡世代」も、今や70代後半だ。

藤田宜永の新作長編『血の弔旗』の主人公、1936年(昭和11年)生まれの根津謙治も、そんな焼け跡世代の1人である。

物語の幕は、21回目の終戦の日、1966年8月15日に切って落とされる。戦後の混乱期に財を成した金融業者、原島勇平のお抱え運転手だった根津青年は、雇い主が政界工作のため動かそうとしている11億円もの裏金を強奪する計画を立てたのだ。

根津青年の共犯者は3人。うち2人は現金強奪の実行に加わり、残る1人は主犯の根津のアリバイを証明する善意の“第三者”を装う。原島の1人息子の愛人を射殺する予定外の事態も発生したが、根津たちはまんまと大金の奪取に成功、だが警察はもちろん原島父子と彼らの手駒であるヤクザ組織から目をつけられた根津は、果たして追及から逃れ切ることができるのか……。

キャリア30年のベテラン作家である藤田は、冒険・ハードボイルド作家として押しも押されもせぬ地位を築く一方、1990年代半ば以降は恋愛小説ジャンルに進出し『愛の領分』で直木賞を受賞、サスペンス味の醸成と心理描写の巧みさには定評がある。

『血の弔旗』は全編噎せかえるような熱気に包まれた犯罪小説であると同時に、戦後の復興からさらに経済発展してゆく時期の日本社会を鮮やかに切り取る風俗小説的な側面も見逃せない。年配の読者なら、自身の人生の折節と重ねて、しばしば感慨にひたるはずである。

主人公の根津青年は刹那的な生きざまを愛し、確かに剛胆だった。だが、やがて実業家として成功し、守るべき家族もできると、いつ思いがけぬ躓きから過去の犯罪が露見するかもしれない惧れと絶えず向き合わなくてはならなくなる。主人公の焦慮を描く作者の筆は冴えて、読んでいて息苦しいほどだ。

本書のタイトルにある「弔旗」とは、ある1人の日本兵が遺した日章旗のこと。それは、根津と3人の共犯者とのつながりを示す致命的なしろもので、最後まで彼らは先の戦争の長い影に追われることになる。

思うに、終わらない「戦後」を語ることは、逆説的に今を決して「戦前」にしないための処方箋でもあるだろう。藤田宜永の新たな代表作が誕生した。

かたやま・だいち/'94年「明智小五郎の黄昏」で創元推理評論賞佳作入選。著書に『新本格ミステリの話をしよう』他

『週刊現代』2015年9月12号より

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『血の弔旗』
藤田宜永・著
講談社 2200円

1966年8月15日、根津謙治は目黒区碑文谷2丁目にトラックを止めた。現金11億を奪うためだ。戦後の混乱期に金貸しを始めて財を成した原島勇平の屋敷で根津は居合わせたクラブのママを射殺する。カーラジオからはローリング・ストーンズの『黒くぬれ!』が流れていた。14年の歳月が過ぎ、新たな事件が彼らの身の周りに次々と起こる。「誰が何のために?」混乱と疑心暗鬼の中、根津は煩悶する。袂を分かった男たちの軌跡が再び交差する時、戦中、戦後を生きた人間の業と事件の真相が明らかになる―。昭和の時代と風俗を克明に描写した熱き犯罪小説。

ふじた・よしなが/'50年生まれ。'86年『野望のラビリンス』で作家デビュー。'01年『愛の領分』で直木賞受賞。『喝采』他

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