現代新書
本邦初!日本のロック名盤100枚を完全ランキング〜大好きだったあのアルバムは第何位?
【まえがき公開】川﨑大助『日本のロック名盤ベスト100』

2015年9月28日に講談社で行われた、佐々木敦さん×川﨑大助さんのイベント模様をフルバージョンで動画公開!「日本のロック」を知り尽くしたお二人が、楽曲、映像を交えながら熱く語り合いました。こちらもぜひご堪能ください!

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〔photo〕iStock

日本のロック「オールタイム・ベスト」を著者独自の「五つの指標」と「レコードじゃんけん」で完全ランキングした話題書『日本のロック名盤ベスト100』より、「はじめに」を特別公開します!


はじめに

永遠の名盤を選ぶ

 シンプルな疑問から、僕は本書のアイデアを得た。

「なぜ日本のロック音楽には、今までただのひとつも、ランキングされたオールタイム・ベストの名盤リストがないのだろうか?」

 日本にロック音楽の歴史がない、のなら、しょうがない。あるいは、日本にロック音楽の批評家がいないのならば、これもしょうがない。しかしどちらも、ないわけではないのに、なぜか「肝心要のリスト」だけがないという事実に、あるとき僕は気がついた。

 だから僕は、それを作成することを始めた。日本のロックの名盤アルバムを、一〇〇枚選ぶ。そして一位から一〇〇位まで順位を付けて、リストにする、というのが僕の「アイデア」だった。

 僕の知る限り、こうしたものをまとめ上げて、広く公表した書き手は僕以前にはいなかった。ヴァージン・スノーを僕は踏んだ。最初のリストは二〇〇七年八月、雑誌〈ローリング・ストーン〉日本版の九月号に掲載された。本書に収録されているリストおよび記述は、そのアップデート版であり、完全版となる。

「オールタイム・ベストのアルバム」とは、「永遠の名盤」と言い換えてもらってもいい。順位は僕ひとりの判断によって決した。といっても、僕の「パーソナル・ベスト」を記したものではない、ということは最初にお断りしておきたい。パーソナル・ベストならこんな順位にはならない。ラインナップおよび順位は、ロックンロールのミュージアムがあったとするならば、僕がその学芸員になったつもりで、考えに考え抜いた結果のものだ。ラインナップと順位の決定の方法については、のちほど述べよう。

 こうしたリストが「なければいけない」と僕が考える第一の理由は、元来とても有用なものだからだ。たとえばこんな状況を想像してみてほしい。あなたに外国人の友だちがいて、その彼または彼女が、「日本のロック音楽を聴いてみたい」という希望を持っていたとしよう。そんなときに役立つのが、今回のリストだ。まさに本書も、そうした用途に使用できるように僕は構想した。

 具体的には、こんなふうにリストは活用できる。あなたがビギナーだったら、つまり「日本のロック」にあまり親しんだことがない人だとしたら、最初に、リストの一位のアルバムから聴いてみるのはどうだろうか。それが気に入ったなら、一枚ずつカウントアップしていく、という形でのリストの使用法がひとつあるだろう。二〇位ぐらいから一位へと、カウントダウンしていってもいい。あるいはランダムに、順位を飛ばし飛ばしに聴いていくことすら容易だ。そこに「ランキング」さえあれば。

 ざっと以上が、「順位付けされたベスト・リスト」があった場合の有用性だ。しかし逆に、どこにも「ランキングがない」としたら、どうか。

 件の外国人の友だちには、こう言うしかない。

「手当たりしだいに、適当なものでも聴いてみれば?」と。何をどう薦めたとしても、受け取り方なんて百人百様なのだから、と。

「絶対的な名盤」などというものは日本のロック音楽にはなく、だから「ランキング」という形でのヒエラルキーもなく、ただただ、私はこれが好き、私は好きではない、と、無意味な相対性だけが平坦に広がるだけの、価値軸も不鮮明な、脱構築的な荒野しかないのだから──そう説明する以外にない。

 だが、それは事実ではない。日本のロック音楽が、無意味の荒野に点在するしかない、どんぐりの背比べ的な、似たり寄ったりの凡作ばかりだとは、僕はまったく思わない。いいレコード、注目に値する芸術的冒険や文化的貢献を達成できた作品は、じつはかなりの数に上る。

 ではなぜに、僕がやってみるまで「順位付けされたベスト・リスト」がなかったのか、というと、まず最初に考えられるべき原因は、日本のロック音楽の批評家やメディアの怠惰のせいだろう。あるいはもっと根深い問題かもしれない。日本の音楽産業界とその周縁には、「まともな批評行為」が存立し得るための基礎的条件が、決定的に不足しているのかもしれない。

 日本のロック音楽にかんするテキストは、川上(商品に投資し製作をする企業側)と川下(消費者=聴き手側)の双方におもねるだけの提灯記事であればいい、という風潮は、暗黙の了承といったレベルを超えて業界の隅々にまで浸透し切っている。こうした構造的腐敗こそ、商業芸術において命取りとなるものの第一だろう。今日の日本のロック音楽の衰退、その直接的原因のひとつは確実にこれだ。

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