賢者の知恵
2015年08月26日(水)

『船場吉兆』息子が初告白!
「ささやき女将事件」の舞台裏と家族再生の物語

~あれから7年。なぜ彼らは過ち、なぜ立ち上がれたのか

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あの会見【PHOTO】共同通信社

母に怒った兄

先日、母と電車に乗って、創業者である祖父のお墓参りに行ってきました。そこに向かう電車の中で、母と「廃業してから、もう7年か。早いもんやなあ・・・」と話していたところです。あの時の罪滅ぼしという気持ちもあるのでしょう。母は時間があれば神社仏閣に足を運んでおります。

父も母も、現在は年金暮らし、飲食業にはまったく携わっていません。兄は、飲食業から足を洗って、現在はまったく違う業界で勤め人をしています。

もちろん、あの時お客様にかけた迷惑は忘れてはおりませんが、私たち家族にとっても、あれはつらい出来事で…。最近のことですよ、ようやく冷静に思い返して、家族であの事件について話せるようになったのは。

07年10月、販売する惣菜などの食品偽装が判明したことを皮切りに、原材料偽装や料理の使い回しが発覚する大騒動を起こした、大阪の老舗料亭「船場吉兆」。同年12月に開いた謝罪会見で、記者からの質問に答えられずにいた取締役の湯木喜久郎氏を助けようと、名物女将である母の佐知子氏が隣で、

「大きい声で」「記者の眼を見て」「頭が真っ白になったと(言いなさい)」

と、コソコソと囁く姿が世間をにぎわせた。この「ささやき事件」後も船場吉兆は経営を続けたが、一度失った信頼は取り戻せず、08年5月に廃業した。

あれから7年。当時船場吉兆の取締役で、湯木喜久郎氏の弟・尚二氏が、大阪・北新地で飲食業を再開。あのとき、家族はどんな心境だったのか、尚二氏は、どん底からどうやって立ち上がったのか。いままで明かされなかった「船場吉兆ファミリー」のドラマについて、尚二氏が初めて口を開いた――。

当時の吉兆は、イケイケドンドン、でした。料亭の経営だけでなく、有名百貨店で「吉兆ブランド」の商品も手掛けていましたから。では、なぜ「料理の使い回し」などの問題を起こしてしまったのか。

決して業績が悪かったわけではないのです。事業拡大にともない、ひとつひとつの現場に目が届かなくなっていたことが原因でした。

使い回しが発覚した時、その対応をめぐって家族が割れました。しっかりと世間様に向けて包み隠さずに話すべきだという意見と、愚直に商売をやっていれば、お客様にはわかってもらえるはずだという意見に分かれたのです。

そうやって身内でゴタゴタしているうちに、報道が周辺取材をはじめてしまい、内部事情がいろいろと書かれてしまった。なかには事実無根の報道もありました。そこで、しっかりと事実を伝え、皆様に謝罪をしようと、あの会見を開いたのです。

ところが、いわゆる「ささやき」と言われる母の所作に、思わぬ注目が集まってしまった。兄は職人気質で、あまり多くを語らない人です。あれだけの報道陣が集まる中、さらに緊張してしまい、言葉が出てこなかった。そこで、母が兄を心配して助言をしたつもりが……。

会見の後に、兄は母に向かって怒っていましたね。「あんなこと(ささやき)をしなくても大丈夫だったのに!」と。家族みな、あの時は感情的になっていたのです。ワイドショーも数えきれないほど取材に来ましたし、中には母のキャラクターに着目し、「お母さんの携帯ストラップを作りませんか」なんていう、人を馬鹿にしたようなオファーも来ました…。

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