読書人の雑誌『本』
レコードについて語るとは、
ときに、人生について語ることと同義である

『日本のロック名盤ベスト100』に寄せて
〔PHOTO〕iStock

世界と人生はレコードのように回転している

(文/川﨑大助)

答えにくい質問

贔屓のプロ野球チームの今季の勝率を話題にするかのごとく、時候の挨拶をするごとく、レコードについて話す人がいる。僕はあまり、自ら率先してそうした話はしない。しかしよく質問はされる。なかには答えにくい問いもある。レコードについて語るとは、ときに、人生について語ることと同義となるからだ。

かなり答えにくい質問のひとつ、「お前のフェイバリット・レコードはなにか」というのを、タフツ大学に通っているアメリカ人の友人から問われたことがある。このとき僕らは、ボストンの隣のケンブリッジにあるクラブへ、ハーヴァード大学生のバンドを観に行っていた。

その夜は彼らみんながシェアしている家に僕は滞在する予定だった。だから面倒な質問ではあったのだが、答えぬわけにはいかなかった。

僕は彼に「You mean, all time favorite?」と聞き返した。そうだ、と友人は言うので、僕はあまり深くは考えずに、そのときの研究対象だった60年代産の1枚の名を挙げた。「Huh, good answer」と彼は言った。僕は「なんだよ、なんか文句でもあるのかよ」と聞いた。「いやべつに」と彼は言った。「うん。まああれはあれで、いいレコードだと思うよ」と。

僕がここで言う「レコード」とは、狭義には塩化ビニール製のアナログ・レコードを指す。ときにはCDも指す。そこに収録されている(べき)音楽を指すことも多い。いまとなっては説明も必要だろう。「かつては」録音した音楽を複製して頒布する場合、「かならず」なんらかのパッケージ・メディアが必要だった。だからDJが旅をするというのは、とてつもない重労働を意味した。

そんな時代だった90年代、ひと抱えほどのレコードを持って、僕はよく飛行機に乗っては太平洋を越えていた。アメリカのいろいろな都市に住む友人から「パーティーがあるんだけど、DJをやらないか?」と誘われたからだ。そしていつも東京への帰路にはレコードが増えていた。行った先で僕がレコードを買うからだ。このころは、LPレコードの50枚程度なら、機内持ち込みでしのげる場合もあった。

それ以上の枚数になると手荷物として預けるしかなく、DJ用のジュラルミンのケースを使うのがいちばん安心だったのだが、用立てられないときは、いくつかのスーツケースに押し込んだ。だがそんなときは、空港の検査でよく引っかかった。

X線を照射してみると、たしかに爆弾のようにも見える、大きな丸形の黒い影となったからだ。だから僕はそのたびに、これはレコードなんです、と釈明をした。これは球形の黒く不審な物体などではなく、たんに黒く平たい円盤が、何枚も重なっているものなのですよ、と。すると係員は僕を解放してくれるのだった。あきれたような表情のもとで。