何が勝つかより「何が価値か」──10年前のどん底時代にスマイルズが描いた、数字のない事業計画

2015.9.4 FRI

1996年、三菱商事に務める1人のサラリーマンがアーティストとして絵の個展を開いたことがきっかけで生まれた、食べるスープを提供する「Soup Stock Tokyo」。2000年、社内ベンチャーとしてスマイルズが立ち上がり、遠山正道さんはサラリーマンのまま社長になった。

2008年に完全に独立した企業となったスマイルズは、「世の中の体温をあげる」ことを目指して、キュートでユニークなネクタイを揃える「giraffe」、使っていた人の顔が見えるセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、家族の時間を彩るファミリーレストラン「100本のスプーン」、そして「新潟産ハートを射抜くお米のスープ300円」というアートを生み出した。

ビジネスとアートの世界を行ったり来たり、いや、その垣根を超える、遠山正道さん率いるスマイルズの事業はそのひとつひとつが「作品」と言えるのかもしれない。メディアを媒介そして表現するものとするならば、スマイルズはまさに”メディア化する企業”だと思う。

スマイルズの作品としての事業やアートにはどんな想いが込められているのか、どうやって生まれているのか。後編では、スマイルズの根底にある哲学や働き方、これから目指すところを遠山さんに聞いた(文・徳瑠里香/写真・岩本良介)。

”経済”の時代から”価値”の時代へ

私たちは、「20世紀は経済の時代、21世紀は文化・価値の時代」だと思っています。かつては経済そのものが主役で、市場が広くて商品もあふれていました。

でも、経済が停滞しているいまは、マーケティングを軸に足し算・引き算でビジネスをして、「何が勝つか」を競い合うんじゃなくて、「何が価値か」をちゃんと見極める視点をもち、結果としてそれがビジネスとして成り立っていく、そういう循環をつくっていかなくちゃいけない。

きれいごとに聞こえるかもしれませんが、私たちはビジネスが下手というか、うまくいかずに苦しんだ歴史があるんです。

今からちょうど10年前くらいは最悪の状態でした。スマイルズは当時三菱商事の社員だった私が社内ベンチャーとして立ち上げた会社なのですが、個人の遠山商店が企業としてのスマイルズへと変革していくときは、特に辛かったですね。評価や売上はあがっているんだけど、長らく利益が安定しなかったんです。

利益が出ていなければ当然、株主からの要望もあって、いわゆる「ビジネス」にどんどん寄せられていきます。PDCAをもっとうまく回そう、もっと利益を上げよう、と。会社にもピリピリした空気が流れていました。

そのころ、コーチングを受けてみたんです。そのなかで事業を通じてやりたかったことを話して現実と比べてみたら、全然違うところにいた。それで、いまも掲げている事業計画「スマイルズのある一日」を描いたんです。事業計画なのに、具体的な数字もない一枚の「絵」なんですね。

1冊目の本を出した2005年はどん底だったと振り返る遠山さん。編集者の提案で、本のなかにこの事業計画を盛り込んだ

「生活価値の拡充」という自分たちがやりたいことを思い出して、そこからMBOをして、“やりたいことをビジネスにする”という私たちの今があります。

辛い時期ってどうしても、なんでこんなことをやっているんだろう?という気持ちが湧いてくる。そのときにやる意味、やりたいという思いがないビジネスはただしんどくなってしまう。儲かるはずだという理由だけだと、儲からなければそこで終わってしまうから、いざというときに踏ん張れなくなってしまうんです。

もちろん儲けることも大事だけど、ただそれだけじゃ面白くない。Soup Stock Tokyoも当初、長い間苦境にあったので「なんで僕たちは赤字を出してまでこんなことをやっているんだ?」という気持ちが出てくることもあって、そのときに「最初に描いた絵をみんなで見たい」という強い思いがあったからこそ辛い時期を乗り越えられました。

ビジネスはとにかく大変なんです。でもだからこそ、自分たちが本当に“やりたいこと”を“やるべき”ことにしていくことに私たちは慣れていき、チャレンジできる体質でありたいな、と思っているんです。

未来の可能性は事業計画書には描ききれない

一番辛い時期だった2005年、スマイルズの本来の姿を再確認するために描いたのが、「スマイルズのある1日」と題したこの10年間にわたる事業計画書です。

小さなブランドの木と少し大きな会社の木が、弧を描く道沿いに育っていく。2015年より先は、矢印がこの事業計画書を見る人の方へ向き、私たちの理念である「生活価値の拡充」へ向かっていきます。

提供:スマイルズ

スマイルズにかかわる人、その家族や周りの人たちに豊かな生活を送ってほしい、という思いを描いたもので、お金や具体的な数字は書いていません。私自身もいまだになんだか分からないけれど(笑)、実際に小さいけれど4つのブランドができているし、自分たちが信じる価値を伝えてやりたいことをできている感覚があるので、なんとなくこの絵の方向に進んでいると思います。

ちょうど2015年、この先どうしていこうか、というのがまた楽しいところ。ある種この事業計画も描ききっていないのですが、これから先も具体的に描くつもりはありません。

3年後の理想の姿を描いてみんなで達成していくやり方ももちろんありですが、それ以外のものを排除してしまうことにもなりかねません。私たちはいつでもゆるやかに変化していきたいと思っています。大きな絵を描いたうえで、小さな事業1つ1つは具体的な目標を持ってやっていく。そのバランスが大事だと思っています。

メディアとして表現すれば、情報やチャンスが巡る

2009年、PASS THE BATONをオープンする3カ月ほど前に、「遠山正道の仕事展」を開きました。場所は、1996年のサラリーマン時代に絵の個展を開いた代官山のヒルズサイドテラスのギャラリーです。私にとってSoup Stock Tokyoやgiraffe、PASS THE BATON、その他の仕事もかっこよく言えば、「作品」なんですね。

事業を通じて表現し、「生活価値の拡充」という理念のもと想いを伝えるという意味では、私たちは人から人へ媒介する1つのメディアと言えるかもしれません。

事業やアートを通して、何かをかたちにして発信すると、そこにまた新しい情報が入ってくるんです。その循環が面白い。

たとえば、ある企業の講演会の打ち合わせで「デンソーさんとアートをやっている」という話をしたら、打ち合わせ後に「うちにこんな技術があるんです」と言ってデモを見せてくれたんですよ。これは来年のアート作品の種になるかもしれません。アートも1回きりではなく、来年も挑戦したいと思っています。

私は仕事展を開いたときに、こんな言葉を残しています。

「アートとは、自分も、誰も、まだ見ぬ、知らぬ、美しきありそうなものを想像し探り、探り当て、形を浮き彫りに表していく、執念と実行であると思います」

ビジネスでもアートでも、スマイルズのみんなでまだ見ぬ世界を想像し、スマイルズらしく表現していきたいです。

同じ価値観を共有する面白い個人が集まった“村”をつくる

これからは、もっと個人の働き方や生き方と同じレベルで、会社で仕事を編み出していけたらいいなあと思います。私自身は社内ベンチャーから会社を起こしていますが、私たちの時代は、脱サラして八ヶ岳でペンションを!とか、やりたいことがあったら会社を辞めるしか選択肢がなかった。ビジネスとして規模は小さくても、企業として、個人の身の丈くらいの仕事がいくつも回っているのもいいな、と。

スタッフの働き方としても、チームの総監督をやってもいいし、プレイヤーとして活躍してくれてもいい。会社としては、団体種目と個人種目が同時進行で動いているのがいいですね。

スマイルズの事業は、私個人の「こんなことをやりたい!」というわがままと決意をかたちにしてきたようなものです。これからはもっとスタッフからそんな声があがってビジネスが生まれていったら面白いな、と。

実際に、PASS THE BATONの店長をしていたスタッフがスマイルズからの出資を受けて、新宿一丁目にBar Toiletを開いたり、giraffeのデザイナーが新規事業としてファッションブランドmy pandaを立ち上げたりしています。ほかにも、Soup Stock Tokyoは国産の木材を使っているんですが、その調達のために全国各地を回っていた“木の博士”と呼ばれていたクリエイティブの親分が、雨上株式會社(あめあがるかぶしきかいしゃ)を設立して、滋賀県の高島町のまちおこしをやっています。

起業をするにも月商600万円稼ぎます!みたいなギラギラした人じゃなくても、いわゆる草食系の人でも個人の力やネットワークを生かしてビジネスができるようになったらいいな、と。そんな思いで2011年からはベンチャー投資も積極的に行っています。

森岡書店の店主・森岡督行くんと、一冊の本を売る書店として「森岡書店銀座店」を開いたり、CIRCUSに出資し、奥沢にベーカリー「LABO BY TAKIBI BAKERY」をオープンしたり。ただ出資をするだけでなく一緒につくっていく感じですね。

金銭的なリターンというよりも、想いをもっていいものをつくっている個人や組織との関係を築いていければ、それこそお金では買えない価値になります。

熱い思いを持った面白い個人が集まって、ゆるやかにつながる「村」のようなものをつくりたい。スマイルズを通して同じ価値観を共有する村ができれば、そこには自然と人や情報が集まってきて、新しいアイデアや価値が生まれていって、世の中の体温が少しずつあがっていくと思うんです。

おまけ。社員からの280通のラブレター

そうそう、今年の4月に開催した年に一度の経営企画発表会(第二部)のテーマが「Love Letter」だったんですが、そこで社員280人からラブレターが届いたんです。本当に驚きましたし、すごく嬉しかったです。娘からちゃんと全員に返事を書くんだよ、と言われているので、毎日読んで少しずつ返事を書いています。

編集後記
人から人へ価値観を届けるための新しい仕組みをつくり、その事業や作品を通して表現をし続ける。そんなスマイルズはやっぱり「メディア化する企業」だと思う。個人のやりたいことから、共感を生み出して人を巻き込み、年商84億もの会社を育て上げた遠山さん。15年経ついまも初心を忘れず、新しいことにチャレンジしていくその姿はかっこいい。スマイルズの価値観を共有する“村”がどうなっていくのか、とても楽しみです(徳瑠里香)。
 
遠山 正道(とおやま・まさみち)
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」のほか、「giraffe(ジラフ)」、「PASS THE BATON(パスザバトン)」「100本のスプーン」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。著書に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。

おわり。