緩い地盤、水害の危険……「北千住リスク」について考える

【物件選びの知恵018】
田中 歩

安全地帯の自然堤防

北千住駅の西側は黄色に塗られているが、ここは低地の微高地のうち自然堤防だ。
自然堤防とは、川の流れに伴って自然に作られる微高地のことだ。

北千住駅から西へ向かう道の途中に「2」という数字があるが、海抜2mを意味している。クリーム色の盛土地が0m~1m前後(もしくはマイナス表記もある)であることからすると、周囲に比べてやや高い場所にある。

自然堤防は、締まった砂地盤なので、水はけもよく、盛土地に比べると比較的地盤はよいとされている。もちろん、周囲に比べて水害リスクは低い。だからこそ、こうした低地の微高地には、古くからの集落が立地していたケースが多い。実際、この場所は旧日光街道があった場所だ。

では、クリーム色に塗られた盛土地は、以前どんな利用をされていたのだろうか。

次の地図は、明治期の低湿地を示す地図だ。これも国土地理院のホームページで見ることができる。

地理院地図 明治期の低湿地(北千住駅界隈)


地図上にある薄い黄色部分が明治期の低湿地だが、土地条件図のクリーム色部分(盛土地)と概ね合致していることがよく解る。自然堤防は氾濫原で形成されるのだから当たり前だが、この部分は水害も多く、また地盤も緩いと思われる。

国立研究開発法人 農業環境技術研究所の「歴史的農業環境閲覧システム」で北千住駅界隈を見てみよう。http://habs.dc.affrc.go.jp/index.html

このシステムは、明治初期から中期にかけて関東地方を対象に作成された「迅速測図」をもと作成されたもので、当時の土地利用状況がよく解る。北千住駅西側の低地の微高地(自然堤防)には、古くから集落があったことがよく解る。

一方、それ以外の場所は「田」となっていることが解る。田んぼに適した低湿地ということは、地盤は決してよくないということになる。昔の人は場所と米を作るべき場所をよくわきまえていたということなのだろう。