【リレー読書日記・大林宣彦】
芸術にかける若人たちとそれを見つめる素敵な人びと。そのまっすぐさに打たれる本

まことに清潔でまっすぐな本

世の中がこれほどねじくれて、なにもかもが歪みきったいま、すうっとまっすぐに伸びたものに出逢うと、ほっとする。

「茂木健一郎が、すべての現代人に贈る“生の賛歌”」、と帯に記されている、脳科学者茂木さんの小説『東京藝大物語』。この書物の読後感を「まことに清潔でまっすぐな本」、と紹介する事を、僕は我ながら言い得て妙と自画自讃するのだが、実は作者自身がこの小説の中で、すでにこう述べている。

――藝大生は、結局、芸術に関してはまっすぐだ。

これは「東京藝術大学で非常勤で教え」る事となった茂木健一郎先生自身「が目撃し、ともに吼え、そして涙した! 若き芸術家たちの物語」。

「オレは、芸術については、へんな話、すべての夢が滅んだ後の、真っ白な世界に生きている気がする。/まあ、お前は、芸術の夢を見続けなよ。/おい、ジャガー、芸術は、自由だぞ。/人生そのものが、芸術だぞ。/こうやって、生きている、瞬間、そのものがなっ」。

ジャガーとは一学生の名前である。杉ちゃんにハト沼にユウナちゃん。茂木先生のまわりには未来の夢を信じ、この現在の混沌の世に自ら望んで棲もうとする、純情で我儘で、個性的で不器用で、やたらと突っ張っていながら実は呆気にとられるほどフツーの若者が、みなただ一所懸命、芸術を通じて己の生きる筋道を探し、さ迷っている。

「たださ、芸術に対するあこがれをこじらせると、やっかいなことになるよな」、と物語の中のジャガーには応え、帯の上では「藝大を出ても、成功するのは10年に1人といわれる世界で、何者かであろうとあがく学生たち。ヘンタイにはなれても、テンサイにはなれない!?」。

茂木さんは、この学生たちが心(しん)から好きなのだ。彼らの前途を塞ぐ事のないよう、自らも一心にまっすぐになって彼ら未来人と対峙できる、素敵な大人だ。