徳田ファミリーと全面対決!
619日もの拘留を喰らった能宗被告「徳洲会裁判」の行方

猪瀬氏辞任のきっかけを作ったのも、能宗氏だった【PHOTO】gettyimages

徳洲会事件から2年

医療法人「徳洲会」の能宗(のうそう)克行・元事務総長(58)が、グループ関連会社の資金3000万円を横領したとして起訴された公判中の事件で、東京地裁は8月14日、能宗被告の保釈を認める決定を出した。

能宗被告の逮捕は2013年12月3日で、起訴は同年12月24日。公判が始まったのが今年7月27日だ。表向きの保釈理由は、「逃亡や証拠隠滅の恐れがなくなった」ということだが、実際は、否認を貫く能宗被告に対する懲罰的な起訴後勾留で、「人質司法」と言われるものだ。

今国会で審議され、8月7日に衆院を通過した刑事司法改革関連法案は、刑事司法の在り方を変えようというもので、取り調べの可視化や司法取引の導入が図られた。法案審議の過程で、衆院法務委員会に参考人として呼ばれた元ライブドア社長の堀江貴文氏は、「司法取引などは検察の焼け太り」としたうえで、「接見禁止などの措置がついた長期勾留が、いかに被告を追い詰めるか」について語り、保釈制度の改革を訴えた。

しかし、今回の改革に「人質司法問題」は盛り込まれていない。

堀江氏が実体験としてつらさを訴えた未決勾留が93日で能宗被告のそれは619日。いかに過酷であったかは想像に難くなく、能宗事件は「罪を認めなければ、保釈を認めない」という形で容疑者を追い詰める捜査手法を、改めて問い直すものとなった。

それ以外にも、刑事司法改革の最中に進行していた能宗事件が突きつけたものは少なくない。

まず指摘すべきは、能宗被告が検察の協力者であり、捜査は能宗被告が持ち込んだ資料と証言によって立ち上がったことだ。東京地検特捜部が、公職選挙法違反事件として徳洲会関係各所への強制捜査に着手したのは13年9月だが、その事件構図が、徳田ファミリーと能宗被告の対立構図にあることを、私は、13年2月13日の本コラムで発信した。(「徳洲会=旧自由連合」スキャンダルの背後にある「徳田ファミリー vs "すべてを知る男"」の血みどろの戦い http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34862

そのなかで書いたのは、以下の構図である。徳洲会を立ち上げた徳田虎雄氏の最側近である能宗氏を疎んじた徳田ファミリーが、徹底調査のうえで「私物化がある」として能宗氏を追い出し、それに反発する能宗氏が、数々のスキャンダルを暴露した――。

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