こんな人間いるよなぁと思うか。それとも、ただ愚かだと思うか。神経質な無頼漢を描く私小説、軽妙さを増した最新の短篇集
インタビュー「書いたのは私です」西村賢太
著者の西村賢太さん

―おなじみの主人公・北町貫多と秋恵との同棲生活を綴った「人工降雨」「微笑崩壊」など、6篇からなる短篇集です。ルーペをあてるようにして描かれた生活の些事に、滑稽味と技量を感じます。

よくぞ言っていただきました(笑)。瑣末なことを、30枚、40枚の短篇に仕上げるのが腕の見せ所だという自負はひそかにあります。貫多と秋恵の代わり映えのしない世界ですが、前衛を追うだけの今の純文学界のなかで、一つくらいこういうものがあってもいいかと思っています。

―表題作「痴者の食卓」。秋恵にいわれホームセンターへ土鍋を買いに行き、数千円の出費のはずが、ホットプレート式が便利だと熱弁され、値段は2万円。しかし、帰宅して鍋の支度に取り掛かると、鍋から異臭がする。

貫多は本当はホットプレートなんか要らないし、鍋なら水炊きがいいのに、すき焼きと決められる。楽しみにしていたシメのおじやさえも食べられない。そんな我慢に我慢を重ねる「善意」が踏みにじられるサマを描きたかったんです。

異臭は実話です。鍋を何度も洗剤に浸けて洗っても臭いが消えない。おかしいと思いながらも「こんなものか?」と納得するしかないんですが、貫多は神経質な男だから、それができません。せっかくの自重を自ら台無しにするわけです。

―鍋の異臭。平穏からバイオレンスに滑り込む展開は、スティーヴン・キングのリビング版を感じさせます。「下水に流した感傷」でも、秋恵を喜ばそうと金魚を大量に買って帰宅するものの次々と死なせてしまい、これでは寂しいと異なる種類の魚を水槽に増やします。

最後に買い足した「川むつ」は見た目が小アジみたいな川魚で、最初は大人しかったものの、どうも肉食だったみたいで、先にいた2匹の緋泥鰌を追いかけまわして、ヒサンなことになります。

怒った貫多が、この川むつを殺そうとすると、秋恵はこっそり風呂場の排水口に捨ててしまう。同じ処分するにしても、貫多の言いなりではなく、自我を通そうとするわけです。

どれも瑣末といえば瑣末な話ですが、誰しも心あたりのあるような話ではあると思うんです。こういうことも、やはり小説になりうる。こんな人間っているよなぁと思うか、ただ愚かと思うのかは様々でしょうけど。