【稀代の政治家 田中角栄(4)】高度経済成長最盛期に発生したアブク銭にまみれ、溺れた「上り列車の英雄」
3年ぶりのナマ姿 1985年2月27日、角栄は脳梗塞に倒れ、言語障害などが残った。1988年5月、新潟入りの際に撮られた写真は人々に衝撃を与えた

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1976年2月4日、アメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会でのことであった。

ロッキード社の海外不正支払いを追及していた同委員会により、ロッキード社が、新型旅客機トライスターを全日空に購入してもらうため、日本の右翼運動家の児玉誉士夫、総合商社の丸紅を仲介して日本の政府高官に総額数10億円にも上る賄賂を渡していたことが暴露されたのである。

このニュースは翌日の5日、朝日新聞が朝刊に至急電のトクダネとして掲載、朝からテレビも報じ、夕刊には一面で大々的に取り上げられた。

その後のさらなる追及で、ロッキード社が使った賄賂は、児玉誉士夫に21億円、政府高官に6億円であることが分かった。「ピーナッツ百個受領しました」という暗号領収書なども公表され、話題となった。

しかし、政府高官が誰かということについて、アメリカは口を閉ざした。キッシンジャーが、外国政府を窮地に陥れることを危惧し、情報開示をストップさせたのだ。
日本の国会で野党が自由民主党を追及するも埒があかず、当時の首相であった三木武夫が独断でアメリカのフォード大統領に、事実を明らかにしてほしいと書簡を送った。