仕掛人もブームもいらない―「年1%成長」を望む高松・仏生山の100年続くまちづくり戦略

2015.9.15 THU

香川県・高松からことでんに揺られて15分ほどにある「仏生山まちぐるみ旅館」。小さなこのまちには歩いていける距離に温泉や宿泊施設、カフェや本屋、パン屋や雑貨屋など、どこか同じ空気感を持つ場所が点在する。このまちに実体としての旅館があるわけではなく、まちぐるみでまち全体をひとつの旅館のように見立てているのだ。

番台を務める岡昇平さんは、仏生山まちぐるみ旅館は“まちの見方を変える”一つのメディアでもあるという。その一方で、”プロモーションはせず、まちをメディア化しない”ようにしているのだとも。

仏生山は、いわゆるまちおこしをしている場所にあるような特別な活気もなければ、シャッター商店街のようなさびれた感じもない。あるがままで自然体という空気感が心地よい。その理由は、一見矛盾するような岡さんのこの言葉に裏打ちされた、このまちのあり方にあるのかもしれない。

なぜプロモーションをしないのか、このまちにどんな営みがあるのか、どんな人々の関係性が生まれているのか。仏生山まちぐるみ旅館をめぐりながら、岡さんに話を聞いた。(文・徳瑠里香/写真・太田亮)

まちにほしいのは、消費者ではなく生産者

仏生山まちぐるみ旅館がプロモーションをしないのはなぜなのか。

「プロモーションしない理由は2つあって、一つはこのまちにほしいのは消費者じゃない、ということなんです。本来のプロモーションの目的のひとつは、消費者を呼び込んで消費活動を促進すること。まちづくりの文脈で言えば、どれだけまちにお金を落としてもらうか、という発想になると思います。でもそれは、まちを商品化して消費するということなのです。僕らはそういうことを望んではいません。」

「このまちに生産者が来てくれて、根付いて、新しいコンテンツをつくってくれないとまちは面白くならない、と思っているんですね。消費者が必要ないというわけではなくて、まず生産者がコンテンツや魅力をつくって、その身の丈に応じて消費者が集まるという順番がとても大切なんです。」

まちぐるみ旅館で何軒かお店を巡ったが、へちま文庫TOYTOYTOYでは商品を薦められることもなくただおしゃべりをして、Cafe-asileでは「コーヒーごちそうするからまあ、座ってよ」と声をかけられた。

まちのなかで生産者と消費者がかけ離れていないからその間に壁がなく、外からきた私にも消費をしなくてもそこに居場所がある。商品として"売られている"というより生活の一部として"そこにある”という感じで、あらゆるものが暮らしにとけ込んでいる。

「地域に人が集まり経済が回り出すと、マスマーケティングをやっているチェーン店が出来たりご当地のキティちゃんが生まれたりしますよね。それもひとつのあり方だと思うのですが、僕は、このまちにおいてそういうつまらない発展は望んでいないんです。」

背伸びをしないで、自然体であること

資本主義経済下においては、まちも人もメディアもあらゆるものが商品化して、ビジネスとしていかにお金を生み出すかに価値が置かれる。たとえばメディアは、読者に"伝えるべきこと"よりも"求められていること"を優先し、ものづくりにおいても“いいものをつくる“ことよりも”売れるものをつくる”ことに重きが置かれることもある。

「それも悪くないと思うんですが、お金を目的にすると僕はこのまちでにやにやできないので。優先順位の一番うえにお金を持ってくると面白くないんです。僕らはいいものをつくりたい、居心地のいい場所でありたい、と思っているんです。いいからこそ売れる、居心地がよいからこそ来てくれる、その順番が大事だと。」

ものの見方を変えるメディアは、いきすぎるとプロモーションとなり虚像をつくるものになる、と岡さんはいう。

「メディアが経済活動に巻き込まれていってプロモーションになると、そこには架空の世界が生まれます。たとえば、自動車のコマーシャルに出て来た幸せそうな家族が理想像になっていく、なんてことがあると思います。メディアによってつくられたものさしを自分のものだと思ってしまうと、どこかにずれが生じてしまう。

だから僕らは、まちの見方は変えたいけれど、まちの虚像をつくりたくはないんですね。例えば、SNSで投稿するときに人に見られると思うとついオーバーになってしまうことがあると思うんですが、本来の実力を超えた発信ばかりしていると疲れてしまいますよね。自然じゃないですから。」

目標は年1%成長、ブームをつくらない

「プロモーションをしない2つ目の理由は、ブームという虚像の集合体をつくらない、ということなんです。プロモーションの力で一瞬のブームをつくれるかもしれないけれど、ブームはいずれ去っていきます。山をつくればどこかで下がるときがくる。もり上がれば、必ずもり下がるんです。まちは商品じゃないから売上だけでその価値ははかれません。

もり下がった時の終わった感がそこに伴うと、ほんとうにまちが終わってしまいます。同じように仏生山温泉は、10年で終わるよりも100年続くほうが本来あるべき姿だと思っていますから、希望というか目標は『年1%成長』なんです。なんなら成長しなくてもいい。この場にどれだけ長くあり続けるかが地域の温泉の価値だと思っているんです。」

長く続けるために、岡さんは“まちの仕掛人”にもならないようにしているのだという。

「まちが誰かのものになったらつまらないので、チームもつくりません。まちは会社ではないので、個人やチームに頼ってしまうとその人がいなくなったり、チームが崩れてしまったりしたら続かなくなってしまいますから。自分たちも長く続けられるように、盛り上げないし、がんばらない。がんばって何かしようとすると無理が生じて疲れてしまうし、面白くないと続かないですから。がんばってプロモーションをして、まちの外に向けて笑い声を立てるんじゃなくて、自分たちのために、暮らしの延長線上で続けていこうと。」

暮らしの延長線上で、という言葉の通り岡さんは、仏生山温泉の一角に宿直室を設え、そこに家族5人で暮らしている。

「6畳2間の宿直室に、僕と妻と子ども3人。狭くてモノも人も収まらなくて、子どもたちはときに温泉のほうにはみ出していますね(笑)。10歳と7歳と4歳…みんな成長してきたので、今後はどうしましょうか。温泉の駐車場は広いので、キャンピングカーを置いて家にしちゃおうかな。」

仕事と暮らしの間に境目がなく、このまちでの営みのなかに仕事と暮らしがある。

「何かを犠牲にして、何かを優先するとどこかでひずみが出て来ちゃいますから。僕のなかで温泉の番台や建築の仕事も、暮らしのなかにあって、つながっているんですね」

まちの営みのなかにある、子どもと大人が交わる場所

夕方近くになると子どもから大人まで仏生山温泉に集まってくる。街を歩いた後、私も温泉に浸からせてもらった。かけ流しの湯はつるつるでとろとろっとした肌触りで心と身体が溶けていく。

マクルーハンは“メディアはマッサージである”と言ったが、仏生山まちぐるみ旅館は人を癒すという意味でもメディアなのかもしれない。

母親同士がおしゃべりしている別の湯船で5人程の小学生が泳いで騒いでいると、同じ湯船にいるおばちゃん2人が彼女たちを叱っていた。まちの温泉だからこそそんな光景に溢れるのだろうと、叱られている子どもたちを横目に微笑ましい気持ちになってしまった。

「夜になるとみんなお風呂に入りにくるので、子どもと大人がコミュニケーションできるんですよ。子どもにとっては、どれだけ身近にコミュニケーションをとれる大人がいるかが大事だと思うんです。僕自身もこのまちで祖父母に教えられたことがたくさんあるし、まちの人を含めて親以外の大人を知ってほしい。子どもは家族ぐるみまちぐるみで、みんなで育てていきたいですね。」

仏生山まちぐるみ旅館は、人と人を媒介しコミュニケーションを生む、という意味でもメディアといえるのかもしれない。

お風呂上がりのビールを求めて、四国の生産者と都会の消費者をつなぐ「四国食べる通信」の事務所であり、商店兼食堂でもある一軒家を訪ねた。ここでは、「よなよなエール」などで知られるヤッホーブルーイングで経験を積んだ田口昇平さんがお風呂あがりの生ビールを提供してくれた。

田口昇平さん

生ビールと旬な野菜でできたおつまみを囲んで、四国食べる通信の眞鍋邦大さんと岡さんは「美味しい珈琲屋さんがほしいな」「誰かいないかな」「あ!いるかも!」なんて会話をしている。

それにしても仏生山には、いい温度感の素敵なお店や人たちが集まっている。洗練されているんだけど、つくられた感じがなく自然体。岡さんにその理由を尋ねると「たまたまね。運です」とにやにやする。

「場所によって人が変わることがあるし、人によって場所が変わることがあるし、どっちが先かはわからないですよね。たまたまですが、このまちにはそういう空気感があって、そこに導かれてきた人がその空気をつくっているんでしょう。普段はあまり感じないのですが、東京から戻ってきたときにほっとしたり、この場所の力を感じることはありますね。」

すっぴんになって、裸足になって、裸になって。温泉が中心にあるからなのか、この場所には心と身体を緩めて、自然体になれる空気が漂っている。

「僕らは急がないので。」

岡さんのその言葉に甘えて、13時すぎに訪れた仏生山を離れたのは21時前。

駆け込んだことでんに揺られながら、この旅で見つけたメディアのかたちを振り返る。仏生山まちぐるみ旅館は、まちの見方を変えるメディアでもあり、心と身体を癒すメディアでもあり、人と人を媒介するメディアでもあった。

編集後記
地方の過疎化や少子高齢化が問題視されると同時に、“まちおこし”に成功した地域に注目が集まった。出身地に限らず住む場所を選択できるいま、地元の人と都会からきた人が地方で混ざり合って、働き暮らす。いま、地方でなにが起こっているのか。田舎から都会に出てきた一人としても気になっていた。そんななか届いた「仏生山がおもしろい」という便り。訪れたその場所には、どこか同じ空気感を持つ人々の地に足の着いた営みがあった。まちがひとつのメディアになるとき、そこには必ず”人”がいる。岡さんをはじめ仏生山で暮らす人々がつくる心地のよい“メディア”にまた訪れたい(徳瑠里香)。  

おわり。

岡昇平(おか・しょうへい)
1973年香川県高松市生まれ。徳島大学工学部卒業、日本大学大学院芸術学研究科修了。みかんぐみを経て高松に戻る。建築の設計を本業としながら、家業の温泉を運営。まち全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」を10年かがりで進めつつ、「仏生山まちいち」「ことでんおんせん」「50m書店」「おんせんマーケット」などを始める。