1度きりの消費よりも、めぐる関係をつくる──まちおこしをしない高松・仏生山はなぜ人を惹きつけるのか?

2015.9.8 THU

「高松の仏生山(ぶっしょうざん)がおもしろい」

全国を飛び回っている“地方通”の人に「いま注目する地域」を尋ねたら、一番に教えてくれた場所。それが、香川県高松市にある「仏生山」というまち。

そこでは「仏生山まちぐるみ旅館」という名のもと、温泉を拠点に、飲食店や書店など、まちに点在するお店をめぐる関係がつくられていると言う。まちぐるみ旅館がきっかけで、そこで生まれ育った人が戻ってきたり都心で暮らす人が移住をしてきたり、暮らす人と小さなお店がほんの少しずつ増えているのだとか。メディアで大きく取り上げられることも、“まちおこし”が盛んに叫ばれているわけでもないその場所で、いま、何が起こっているのだろう。

まちはときに、そこに住む人たちの価値観やライフスタイル、その土地の歴史や文化を伝える役割を果たす。過疎が進む地方であっても、そこに住むあるいは訪れるだけの魅力があれば、人が集まり、暮らしや仕事が循環する。暮らす人、訪れる人、気になっている人…ゆるやかに人と人がつながり、あらゆる情報を共有するまちは、ひとつの“メディア”と言えるのかもしれない。そんな思いを持って、仏生山まちぐるみ旅館の代表・岡昇平さんに連絡をした。

「僕らは、まちを変えるのではなく、“まちの見方を変える”という意味ではメディアかな、と思うんですが、反面、“まちのプロモーションをしない”という意味では、まちをメディア化してはいけない、と思っています。」

「メディア化する場所」というキーワードに興味を持ったという岡さんからはこんな返事がかえってきた。この言葉が意味する“メディア”とはどういうものなのか。仏生山はどんな場所なのか。そして、仏生山まちぐるみ旅館はどんな存在なのか。仏生山のいまとそこに暮らす人を知りたくて、東京から高松、高松からことでんに乗って、仏生山を訪れた−−−。(文・徳瑠里香/写真・太田亮)

拠点となる温泉へ

駅を降りてまず、「仏生山まちぐるみ旅館」の拠点となる温泉に向かった。15分ほど歩くと「仏生山温泉⇒」と味のある字で書かれた複数の立て看板の先に、いい意味でギャップのあるシンプルでモダンな佇まいの温泉があった。

大きなガラス扉を開けて靴を脱いでなかに入ると、木のぬくもりと白い静けさを感じる空間が広がる。高い天井と大きなガラス窓から差し込む柔らかな光が心地よい。

"番台"に"女将"がいて、"縁側"ではお風呂上がりの地元のおじさんたち3人が"井戸端会議"をしている。机でカフェオレを飲みながらなにやら書き物をしている人もいれば、窓際でかき氷を食べている人もいる。入り口付近には温泉タオルやうちわ、天然酵母のパンや豆菓子、古書や絵本が並ぶ。気になる本や物を手にとりながら心が弾み、1人笑みがこぼれそうになる。

草木が揺れる音に誘われ縁側でくつろいでいると、番台・岡昇平さんがすっと現れた。あまりに自然で、いわゆる挨拶(名刺交換)も忘れて、おしゃべりが始まる。

この場所で"にやにやしながら暮らすこと"がテーマ

岡さんは仏生山で飲食店や旅館を営む家系に生まれ、その4代目にあたる。このまちで育ち、大学院で建築を学んだ2年と建築家として働いた3年、合わせて5年間は東京へ出て、13年前に家業を継ごうと仏生山へ戻ってきた。仏生山温泉の始まりはなんと、そのタイミングでお父さんが温泉を掘り当てた(!)ことにあった。

「父が温泉を掘った理由は2つあって、父は幼い頃、家業の旅館の風呂炊き係をしていたんですが、その仕事が大変で温かいお湯が自然に出たらいいなあと思い続けて大人になったんですね。2つ目は仏生山の地下に直径4キロ深さ2キロのクレーターらしきものが発見されたんです。そのときにひょっとしたら温泉があるかもね、と 有識者が言ったんですが、その言葉を一番真摯に受けとめたのがうちの父だったんです。家族経営だったのでみんな大反対したんですが、掘る!と言って、大規模工事をして。たまたまちゃんとした温泉が出てきたのでよかったです。」

温泉が湧くことを夢見て源泉を掘り当てるなんて奇跡に近い。ロマンティックでチャーミングな人柄が想像される。現在は、仏生山温泉の隣で宴会場を営んでいるという。

その奇跡をきっかけに、岡さんは2002年、仏生山に建築事務所を置き、2005年に仏生山温泉を設計して建てた。2012年から「仏生山まちぐるみ旅館」として実際に宿泊できるようになり、翌年からまちにお店が出来始めたという。

「このまちに居心地のいい場所が増えたらいいなあと思って。まちぐるみ旅館という取り組みを言い始めるようになりました。あとは運任せなんです。ただ年間3軒お店ができるということはなんとなく決めていて、そうすると10年で30軒。それくらい居心地のいい場所があれば、にやにやできるなあと。仏生山で"にやにやしながら暮らす"というのが僕のテーマなんです。」

確かに私も、ここへ来て何度かにやにやしている。温泉の周りに点在する手描きの看板やその下に貼られたお風呂でくつろぐ駅員さんのポスター、本や雑貨のセレクトがツボをついてきて、"あはは"と声を出して笑いたくなるのではなく、"にやにや"一人で自然と笑みがこぼれちゃうような感じ。

「僕は、毎日食べても飽きない定食屋さん、毎日行って本が読める美味しい珈琲屋さん。そういうものが暮らしのなかにあれば"にやにや"できるんです。"笑い"っていうのは外部的な刺激ですが、"にやにや"には自分の解釈が加わるので、一人でもうちから溢れ出てきちゃう。ちょっといやらしい感じもいいんですよ。」

という岡さんはにやにやしている。

「ちょっとまちを散歩しましょうか」とゆっくり立ち上がった岡さんが仏生山を案内してくれた。「仏生山まちぐるみ旅館」を仮にひとつのメディアと捉えるのなら、このまちの人やお店はひとつのコンテンツとも言えるかもしれない。この場所には、どんな“にやにやできる”コンテンツがあるのだろう。

本の物としての価値を伝える

まず案内してくれたのは、古本屋さん「へちま文庫」。建築家の岡さんと家具屋さん、洋服屋さんの3人で営む。

もともと木工場だったところの床を張り替えて掃除をしたという、土壁をいかした味のある店内には、軽やかなピアノ音楽と風が流れ、3人が古書市で入札して集めた、箱に入りパラフィン紙に包まれた選りすぐりの古書が平置きされている。

「ここでは、本の物としての美しさを見据えていきたいと思っているんですね。画家が作品を描いているようなものもあって、いい装丁は絵としての価値がある。昔の本の作り方を見ると出版というものは大事業だったんだと思いますよね。丁寧に作られたからこそ、いまも残っている。古書店は人もたくさんこないし本はなかなか売れないんですけど(笑)、やっぱりまちに本屋さんがあったら楽しいですから。」

絵を飾るように本を置く。思えば、仏生山まちぐるみ旅館の営みのなかには本がとけ込んでいる。たとえば、仏生山温泉は湯船で本を読んでもいい。お風呂に向かう壁沿いに「50m書店」が開かれ、古い文庫本が1冊ずつ50m列をなして平置きされている。1冊200円で買うことができ、それを湯船や縁側でゆっくり読める。パン屋さんにはパンに関する絵本や雑誌があったし、カフェにも客室にも本が自然と置かれていた。

「僕も、みんなも、本が好きなんですよね」と岡さんはにやにやする。

本も価値観や情報を伝える1つのメディアとも言える。仏生山にとけ込んでいた本から、ここで暮らす人たちの考え方や佇まいが伝わってくるような気がした。

人と人がおしゃべりをする“メディア”になる場所

次に訪ねたのは、雑貨屋さん「TOYTOYTOY」。扱うのは、食べかけのドーナッツ型の浮き輪や肉タオルやマトリョーシカなどユニークな雑貨たち。店主の高柳敦史さんは、2015年1月に板橋から家族で仏生山に移住してきた。震災後、移住する場所を探していたタイミングで、友人を介して岡さんと出会い、仏生山への移住を決めたという。

「仏生山はバランスもよく、面白そうな場所だなと思って。雑貨のセレクトショップも東京は店が多いので、好きなものを集められなくなってしまうんですね。ここでは、土産物屋としては好きなものを集めながら、ゆくゆくは仏生山の土産も開発していきたいな、と思っています。あと、子育て環境は最高ですね。」(高柳さん)

岡さんと高柳さん

3軒の賃貸住宅だったというその場所はいま、雑貨屋とギャラリーと住まいになっている。アスファルトの上に芝生を植えたという庭先では子どもが遊び、原付で通りかかったまちの人も立ち止まって高柳さんと岡さんとおしゃべりをする。

「昔は、店の軒先に縁台が置いてあったりして、近所の人たちがおしゃべりをしていましたよね。大人も子どもも一緒になって軒先で話せるように、庭先に広い芝生のスペースをつくったんです。人がおしゃべりするには"言い訳"が必要なんですね。井戸端会議のように、温泉や買い物に行くついでに話しちゃった。毎日呑み歩くのはどこかうしろめたさがあるけれど、お風呂やおつかいに行くのは人と話すいい"言い訳"になってるんです。」

仏生山温泉をはじめ、建築を手がけた岡さんの思いがその佇まいや空間に溢れでている。

人と人がおしゃべりをする場所というのは、それだけで情報が飛び交うメディアの役割を果たすのかもしれない。

合理性よりも“丁寧”を優先する

仏生山は江戸時代、法然寺の門前町として栄えた場所。門前通りにはいくつか江戸時代から残る古い建物がある。その一角の呉服屋で、夫婦が営む「仏生山天満屋サンド」。奥さんが趣味で焼いていたパンが美味しいと評判になり、呉服屋の半分を改装してお店を開いた。

 「彼らは丁寧すぎるほど丁寧に作っているんですよ。だから、すごく美味しいしそれ以前に優しい味がする。彼らはもともと真面目だし、飲食経験がまったくないので、いい意味で合理性とか利益とかではなく、どこまでも丁寧で、自分の子どもに食べさせるようなものをお客様に出しているんですね。」

ハンバーガーのような見立てのサンドウィッチは、このお店を営む夫婦の人柄が伝わってくるような誠実で優しい味がした。ご本人の写真や名前の掲載を申し出ると、味が損なわれたら困るからと丁寧かつ笑顔で頑に断られた。どこまでも真摯で謙虚な夫婦であった。

作った人の顔が見えるようなサンドイッチをいただきながら、ふと、「食」も人の温度やストーリーを伝える”メディア”になりうるんじゃないか、と思った。

旅館として“めぐる関係”をつくる

法然寺の門前通りは素麺の特区に指定され、江戸時代は武士か素麺の職人しか歩けなかったという歴史を持つ。そんな素麺の工場だった場所にあるCafe-asile。SWANYでグローブのデザインをしていたという家主の倉橋直嗣さんが、歴史ある家を残したいと仏生山に戻ってきて開いたお店だ。当時使っていた家具もそのまま、レトロな空間でまちの人たちが珈琲を片手におしゃべりを楽しむ。

 隣には「サーカス図書館」というサーカスにまつわる本が集められたギャラリーのような場所がある。ここはサーカスの企画をするチームの開かれたオフィスでもある。

「僕らは互いの店をお客さんに紹介し合う関係を作りたいんですね。自分のところに囲い込いこんだりして、お客さんを取り合うのは仲も悪くなるし、つまらない。昔、夕食を作るときは、肉屋に行って、八百屋に行って、豆腐屋に行って…、まちを巡っていたと思うんです。そうすると肉屋さんが、今日の豆腐は美味しいよって、お客さんに紹介する自然な関係になります。『まちぐるみ旅館』はそういう昔からあっためぐる状況を、現代風に置き換えているんですね。大切なのは自立と相互補完なんです。」

まちぐるみ旅館の宿泊施設となっているのが1棟貸し1組限定の「縁側の客室」。住宅を改装したというその場所には、縁側があり、細長い1フロアでシャワールムやシンクなどもついている。施設使用料9,800円に1名1泊につき4,600円で2名〜10名まで宿泊できる。仏生山温泉入浴付き。

まちをメディアに見立てる

仏生山を巡っていると、このまちには実態としての旅館があるわけではなく、「まちぐるみ旅館」という名のもと、ゆるやかなコミュニティが生まれ、暮らしや仕事が営まれている、ということがわかってきた。

「まちを旅館に見立てることで、新しい関係が生まれて、新しいお店がふえる。僕たちは、まちをつくっているわけではなくて、まちの見方を変えているだけなんです。本来、衣食住がひとつの建物にまとまっているのが旅館で、地域に分散している状態がまちなので、旅館もまちも同じ“暮らし”のこと、そこに不自然な感じはありません。寝泊まりをして、ごはんを食べて、温泉に入って、買い物をする。住民も旅行者も、日常的に暮らしと重ね合わせてめぐる関係をまちで築いていきたいんですね。」

岡さんにとって、メディアとはものの見方を変えるもの。仏生山まちぐるみ旅館という方法でまちを旅館に見立てることで、人と人がつながり、まちぐるみでアイデアが生まれて形になり、結果としてまちそのものが変わっていく。仏生山まちぐるみ旅館は、めぐる関係をつくることで、仏生山というまちの新たな魅力や価値を伝え、人々にきっかけを与えるメディアに見立てることもできるだろう。
                                     

つづく。

岡昇平(おか・しょうへい)
1973年香川県高松市生まれ。徳島大学工学部卒業、日本大学大学院芸術学研究科修了。みかんぐみを経て高松に戻る。建築の設計を本業としながら、家業の温泉を運営。まち全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」を10年かがりで進めつつ、「仏生山まちいち」「ことでんおんせん」「50m書店」「おんせんマーケット」などを始める。