フジテレビ失速、これが最大の原因だ! ニュース番組の強弱が視聴率戦争の行方を左右する
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フジテレビの失速が続いている。売り物だった連続ドラマは当たらず、バラエティーにも往年の勢いがない。だが、最も深刻なのはニュース番組の不振なのではないか。それが全体に波及している気がしてならない。

なぜ、そう考えるのか? 端緒は元日本テレビ経営陣の1人から得た証言だ。1980年代におけるフジ黄金期の話である。ライバル・日テレ側の話を聞いているうちに、昔のフジが強かった真の理由が分かった気がした。

並外れたバイタリティーを持っていたフジ報道局

フジは82年に初の視聴率3冠王を獲得し、それを93年までの12年間も維持し続けた。その後も他局にとって高い壁であり続けた。だが、日テレの元経営陣が、初めてフジの底知れぬ力に気付かされたのは85年だったという。それまでは負けながらもフジを侮っていた。

見方を一変させた分岐点は同年8月13日。群馬県・御巣鷹山の尾根に墜落した日航ジャンボ機から生存者が救出される様子を、フジだけが生中継した瞬間だった。

「墜落現場付近は森林に覆われた険しい山岳地帯と聞いていましたから、呆然としました」(日テレの元経営陣の一人。以下同)

フジの生中継が始まったのは同13日の午前11時過ぎ。他局はすべてヘリコプターからの空撮だった。墜落は12日の午後7時前なので、約16時間しか経っていない。地元消防団らによる救助隊の現場到着とさほど違わなかった。

各社の取材班が御巣鷹山に登り始めたのは夜中。その上、墜落地点も夜明けまで不明だった。そんな過酷な状況下で、フジの取材班だけが計100キロ以上にもなる中継用の機材一式を背負って山に入り、いち早く現場まで辿り着いたのだ。

「あの日はやむなく途中で報道特別番組を打ち切りました。生中継をされたら、どうしたってフジには勝てないのですから」

取材陣の中には遭難しかけた人も複数いた。落石や滑落の危険も十分あった。重たい中継機材まで背負っていたフジ取材班の辛苦は想像を絶する。

「この生中継を目の当たりにした時、フジが怖しい存在であることを痛感させられた。それ以降、何をやってもフジには勝てない気がするようになってしまった」

ライバルの日テレに最も深刻な心理的ダメージを与えたのは、『笑っていいとも!』や『なるほど!ザ・ワールド』の快進撃ではなかった。並外れたバイタリティーを持つフジ報道局だったのだ。