なぜ原爆投下による民間人大虐殺は罪に問われないのか?〜日本人に埋め込まれた「2つの思考停止」

【特別公開】赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』2
赤坂 真理 プロフィール

母の記憶

母は私の問いを最初は取り合わず、私が食い下がると、誇張があるのだと言った。

「おばあちゃまの記憶の中で誇張が起きているの」

母もまた、ごくふつうに、私の目から見た関係性で、自分の母を、おばあちゃまと言う。

そこから出てきた話とは、こんな感じだ。

「女子大の英文科にいたとき、何かの関係で、津田塾を出た人と知り合って、その人の家に行ったら、こういうのを訳してみない? と」

と……と、母は語尾を濁した。

「つまりは翻訳だ?」

「ええ」

「裁判資料を?」

「たぶん」

「その人の家はどこ?」

「巣鴨プリズンの近く」

巣鴨プリズンは、今の池袋サンシャインである。

「東中野から新宿に出て池袋?」

「下落合からよ。すぐ高田馬場に出られるもの」

母が結婚するまで住んでいた家族の家は、新宿区下落合にあって、当時の家に近い順に北から、西武新宿線下落合駅、東西線落合駅、JR(国鉄)東中野駅と、南北に直列するように駅が三つある。東西線は、母の独身時には通っていなかった。

「どうしてその人の家へ行ったの?」

「わからない。面白そうならばどこでも行ったのよ」

その気持ちはよくわかる。母も一人の健康な若い人間だったのだ。

「その巣鴨プリズンの近くの家はどんなだった?」

「焼け残ったのか、バラックだったのか……」

「そこで東京裁判の資料を見たの?」

「そこでだったか、マッジ・ホールというところだったか……」

「マッジ・ホール?」

「千駄ケ谷の駅前にマッジ・ホールというGHQ関連の建物があって」

「どんな?」

「古い洋館……。そこに出入りしていた人の関係だったかもしれない」

「でもなぜ、そんな機密書類に属するものが、一介の女子大生に降りてくるの?」

「当時は英語を勉強していた人が少なかったからだろうし、そんなに大事なものだったかはわからない」

「どんな内容だったか覚えてる?」

「覚えていない。ぜんぜん」

GHQの側からのものであれば、検察資料だろうと推測できる。「味方を裁くこと」という祖母の認識と合致する。GHQ側のものであるなら、日本人戦犯の調書やそれに類するものであった蓋然性が高い。

母は、問われもしないのにこう言い捨てた。それは、これ以上語ることは何もない、というサインだった。

「下っ端よ、下っ端。BC戦犯」