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1945年と2015年が地続きだと実感できますか? 高校生らとつくる「デジタルアーカイブ」できっかけ提供
渡邉英徳さんインタビュー

終戦70年――ということもあり、この数週間、なにかとそれに関する記事や番組などが増えています。しかし、来週、再来週、来月・・・時間の経過とともに、「戦争の記憶」を伝えよう、という大切な熱はどうしても次第に冷めていくのかもしれません。

それでも、ふと1945年夏のことが気になったとき、「デジタルアーカイブ」にアクセスすれば、戦争の記憶にいつでも触れることができます。デジタルアーカイブは地図上にフラットに資料が並び、戦争というセンシティブな事柄において、異なるイデオロギーが同居できる重要なプラットフォーム。戦争に"なんとなく"関心はある人にとって、最初の入口として機能するのではないかと思います。

今回、情報アーキテクトとして活動する、首都大学東京システムデザイン学部の渡邉英徳准教授にインタビューを実施。平和学習にも活用されるデジタルアーカイブ、年々深くなる高校生のコミットワークショップを通じてつくる記憶のコミュニティ――ナガサキ・アーカイブヒロシマ・アーカイブを中心に話を伺うため、首都大学東京 日野キャンパスにあるスタジオを訪ねました(文・佐藤慶一/写真・齊藤優作)。

渡邉英徳(わたなべ・ひでのり)1974年生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒業、筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。現在、首都大学東京システムデザイン学部准教授、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授。情報デザイン、ネットワークデザイン、Webアートを研究する「情報アーキテクト」として活動。グーグルアースにさまざまな歴史資料とデータを重ね合わせた、新しいかたちのデジタルアーカイブの制作を進めている。「ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト」「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」「沖縄戦デジタルアーカイブ 〜戦世からぬ伝言〜」など。「沖縄平和学習アーカイブ」では総合監修を担当。著書『データを紡いで社会につなぐ』(講談社)。Twitter:@hwtnv Webサイト:http://labo.wtnv.jp

イデオロギーをいかに出さないかは重要なポイント

――渡邊先生はこれまでいくつかのデジタルアーカイブを制作してきました。まず、デジタルアーカイブと証言集や展示などのアナログアーカイブ、それぞれの特徴や意義について教えてください。

渡邉:アナログのアーカイブには、実物ならではの強さがあります。広島平和記念資料館にあるやけどの跡や抜けた髪などの展示物は、見ただけで迫ってくるものがあります。また、ヒロシマ・アーカイブのメインコンテンツでもある広島女学院同窓会被爆60周年証言集「平和を祈る人たちへ」もアナログの例として挙げることができます。このような書籍の場合、かさばることは短所ですが、集中して読めることがその良さでしょう。

デジタルとアナログの中間となるものとして、広島平和記念資料館の平和データベースがあります。これは資料館が所蔵する資料を写真で撮影し、容易にアクセスできるようにしたものです。これによって、ネットがつながればどこでも閲覧できます。つまり、場所の限界を超えようとしている取り組みです。

ただ、このような(ツリー構造型)データベースの限界は、末端まで進んだときに資料が個別になってしまい、ほかの資料との関係性がわからないことにあります。広島の被爆資料を検索したときに、広島平和記念資料館の平和データベースもあれば、広島市立図書館のデータベースもある。現状、それぞれのデータベースが個別に存在しているんです。われわれが制作しているデジタルアーカイブは、それのオルタナティブなものだと思っています。

――つまり、バラバラに存在する複数のアーカイブをまとめる「多元的なデジタル・アーカイブ」を制作しているということですね。

渡邉:そうです。たとえば、ヒロシマ・アーカイブでは11種類のデータを使用しています。それらはすべて地図上に一元化されているため、いまは県外に住んでいる人が原爆投下当時には広島にいたことなどもわかり、データとデータの間に新しい関連性が浮かび上がってくるのです。

たとえば、ヒロシマ・アーカイブでたくさんの女性の顔が確認できるエリアでは、セーラー服を着た女子生徒がいます。地図を見ると、Girls High School(女子高)との記述。この地点に現在のオープンストリートマップを重ねてみると、実はいまも女学校があることがわかります。これが複数のデータベースをマッシュアップすることの意味です。

個別に見ているだけでは気付かない関連性が見えてくる――これは多元的なアーカイブの良さですが、正直なところ、書物と比べると、画面上でこうした長文のコンテンツを読み続けるのは厳しいとも思います。だから、ヒロシマ・アーカイブでは3D技術を取り入れることで、まずは人の興味を惹きつけること。そして、広島に足を運んでもらうためのきっかけになればと思います。

ヒロシマ・アーカイブの前身であるナガサキ・アーカイブの制作がスタートする前に、発起人の鳥巣智行さん(被爆3世)が「ブックマークできる長崎をつくりたい」と言っていたことを強く覚えています。つまり、腰を据えて被爆証言を読むのではなく、PCのブックマークのひとつにあり、1年に何回か読む。そんな入口を提供するようなイメージです。

――実際、デジタルアーカイブを見ると、一覧性があり、どんな情報も並列になっています。

渡邉:やはり、戦争や原爆といったテーマのもとでは、たとえば各メディアが資料や記述の順序付けや重み付けをし、メッセージ性の強い記事を出すことはあるかと思います。ただ、デジタルアーカイブではご覧のとおり、被爆者の写真や証言がフラットに並んでいます。イデオロギーをいかに出さないかは重要なポイントです。

新しいバーションに変えてから、Google EarthからCesiumというオープンソースのデジタル地球儀に移植し、さらにオープンストリートマップ(オープンソースの世界地図作成プロジェクト)や国土地理院などのオープンな地図データを利用しています。このことによって、画面内に――地図の著作権は仕方がないですが――特定の企業のロゴ、さらに言えば、特定のイデオロギーや意向などが一言も含まれなくなりました。以前のバージョンでは、画面内に大きく「Google」と書かれていたため、そのことについて批判的なコメントをいただくこともありました。

――それがいまは完全にフラットな状態になったと。

渡邉:ヒロシマ・アーカイブに掲載されるすべての証言が同じ表現手法でディスプレイされるようにしているので、異なるイデオロギーが同居できるプラットフォームとなっていると思っています。助成金や寄付金の欄を見ても、日本学術振興会科学研究費助成事業や広島国際文化財団、そのほか企業、NPO法人、個人の方などさまざまな方面からお金をもらっています。つまり、裏を返せばどこにも顔を立てなくていい。