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ソニー・JAL・みずほ銀行・野村證券……
一流企業 社史には書かれなかったわが社の「人事抗争史」

ストリンガー氏、平井氏に対する不満分子が動いた〔PHOTO〕gettyimages

権力に取りつかれた男がいて、正義感から動いた男がいる。嫉妬が高じた者もいれば、人事ゲームに明け暮れた者もいる。人事抗争は人間ドラマ。だから怖くて、おもしろい。

1.ソニー
幻のクーデター計画があった

ソニーで極秘クーデターが計画されたのは、2005年から'12年までトップに君臨したハワード・ストリンガー時代末期のことである。幹部や有力OBらが中心となり、「第二のソニープロジェクト」が進行。仲良し集団を形成し、ソニーらしさを破壊し続けるストリンガー一派から、経営の主導権を取り戻そうとの動きが勃発した。

'05年に出井伸之氏から後継指名されたストリンガー氏は、ソニーの本業であるエレキ事業を軽視し、ゲームなどのエンタメ事業に傾注。人事面でも、「英語が話せてハワードにおべっかを使える『お気に入り』を重用し、優秀でも意見をするような人間は生意気だと排除し始めた」(元幹部)。

上層部と現場が白熱議論を交わし、独創的なアイデア商品を次々に生んでいく。そんなソニーらしさは鳴りを潜め、人事的報復を怖れる空気が広がり、嫌気が差した人材の流出が目立ち出した。

「経営幹部の間では、ハワードの仲良しクラブ一派と、かつてのソニーらしさを取り戻すべきだという一派との間に確執が生まれた」(当時のソニーの内情をよく知る人物)

あるストリンガー派の役員は、自分が嫌いな役員の海外出張時にあえて重要な会議を設定した。ストリンガー氏に進言したため昇進が止まった幹部は、ストリンガー一派から指示された案件がわざと潰れるよう動くようになった。当時の内部は、そんな惨状だった。

あるOBは言う。

「事態を見かねた大賀(典雄・元社長)さんがハワードを諫めたが、聞く耳を持たなかった。反ハワード派は、井深(大)さん、盛田(昭夫)さん、大賀さんに育てられたチルドレン。ハワードが大賀さんや盛田さんをバカにしているとの話が広まると、内部対立は抜き差しならなくなった」

業績は'09年3月期から3年連続で最終赤字。その間にも、ストリンガー氏は4億800万円('09年度)、3億4500万円('10年度)と高額報酬を得ていた。社内の不満が爆発寸前に達しようとした中で、冒頭のクーデター計画が始動する。

現役幹部は目立つため、中心となって動いたのは有力OBたち。ストリンガー氏はトップ就任早々に顧問制を廃止しており、うるさ型を遠ざけようとする動きにOBの不満も募っていた。そんなOBたちが社外取締役に対して、「このままではソニーがぶっ壊れる」と、ストリンガー降ろしを説得して回り出したのである。