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【スクープ!】安倍総理がもっとも恐れる男 
自民党総務会長・二階俊博、その「黒い人脈」

官邸もその意を汲まざるをえない実力者、二階俊博〔PHOTO〕gettyimages

森功(ノンフィクション作家)

3000人を引き連れて訪中するなど、このところその力を見せつける場面の多い二階自民党総務会長。「最後の派閥の領袖」といわれる政界の実力者を、裏で支えていた男はどんな人物だったのか?

「お世話になりました」

その通夜は昨年10月19日、関西国際空港から車で30分足らずの大阪・泉南市の斎場「シティホール泉南」で執り行われた。

「二階俊博先生です」

200人ほどの弔問者に向け、アナウンスが流れると、本人が弔辞を述べ始めた。

「辻野君とは非常にいい関係だったし、お世話になりました。本当にいい男だった」

野辺送りされた人物は、辻野産業社長の辻野源治という。大阪や和歌山の政界関係者で知らぬ者がないほどの有名人である。

自民党総務会長の二階俊博は、とりわけ辻野と親しい。多忙を極める党三役の身で、4日前に急逝した辻野の夜伽に駆けつけたのも、そのためだ。

参列者たちも、その弔問を当然のことと受け止め、驚きはない。喪主を務める息子の匡隆に目線を送って焼香を済ませ、しばらく故人に思いを馳せた二階は、20分ほどで葬儀場をあとにした。

「二階先生は翌日の葬儀には姿を見せませんでしたけど、12年ほど前に亡くなった辻野社長の奥さんのときは、通夜だけでなく葬儀にも出てたはずや。それぐらい仲が良かったですよ」

そう話すのは、かつて辻野産業で働いていた橋本忠夫(67歳)である。

「俺も辻野の社長とは、もう40年近い付き合いですねん。初めの出会いは俺がまだ極道しとったときやから、昭和53年('78年)頃。ちょうど佐々木組に入った頃でした。親父(組長)と辻野の社長が不動産の取引をしていて、『ええ土地あるで』と親父が声をかけると、辻野の社長が『よっしゃ』と二つ返事で買うてましたな。

辻野のおっさんはごっつう金持ってたから、気前がよかった。親父が入院したとき、辻野に『5億くらい何とかならんか』と頼んだら、すぐに現金を持ってきよった。それで、俺が不動産の関係資料やらを届けたりしてたんで、親しゅうなったんです」

佐々木組とは、山口組5代目組長だった渡邉芳則時代の直系2次団体だ。橋本は佐々木組5代目組長の土橋皓二のとき、その世界へ入った。ある恐喝容疑で服役した後、橋本の就職した先が、不動産会社「辻野産業」だったのである。

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