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高橋是清、犬養毅、鈴木貫太郎、栗林忠道……
戦中戦後の偉人・軍人末裔が語る「あれから70年」

戦争の有名人 その子孫たちは「いま」【第2部】
堀越は開発時、軍部の零戦に対する「過剰要求」に苦しんだ〔PHOTO〕gettyimages

【第1部】はこちら

二・二六で殺された高橋是清

70年前の戦争と深くかかわったのは、第1部で見てきた戦犯と呼ばれる人々だけではない。ほかにも、力及ばず戦地で果てた軍人や、凶刃に斃れた政治家などがいる。

高橋是清の孫、塚越裕子氏(71歳)は、現在、群馬県の伊香保にある、塚越屋七兵衛という旅館で、大女将を務めている。

高橋は、総理大臣、日銀総裁などを歴任、'27年の金融恐慌時には、大蔵大臣として、紙幣増発などで経済回復を成し遂げた。しかし、'36年に二・二六事件で青年将校たちに射殺されてしまう。

裕子氏が言う。

「私の母、栄子が、高橋是清の娘にあたります。二・二六事件の時には、母はまだ嫁ぐ前で、事件の後片付けをしたそうです。その後すぐ、母は伊香保の塚越家に嫁いできました。塚越家は、是清の娘が嫁いでくるということで、お付きが来たり、大量の嫁入り道具が運ばれてきたりで大騒ぎだったそうです」

そして裕子氏が生まれる。偉大な祖父の影はそこかしこにあった。

「高橋是清の肖像が印刷された50円札が発行された際には、両親からお守りとしてそれをもらいました。いまでも大事にしています」(裕子氏)

裕子氏は、その後、一度東京に出るが、21歳の時、伊香保に戻り、実家の旅館で働きはじめた。

以来、50年間、旅館で過ごし、「群馬女将の会」の会長も務めた。

「いまは、群馬県知事から仰せつかって、群馬県の公安委員長をやっています」(裕子氏)