いよいよ「利上げ」に踏み切るアメリカ 
「出口政策」を成功させるには何が必要か?

アトランタ連銀総裁のデニス・ロックハート氏 〔PHOTO〕gettyimages

8月4日、FOMCの現役メンバーの一人であるアトランタ連銀のデニス・ロックハート総裁が、今年9月の利上げを示唆する発言を行った。これによって、9月利上げの確率が一段と上昇したというのがマーケットのコンセンサスになっている。

現在、多くの市場関係者が、米国の利上げ時期を巡る憶測に右往左往している状況だが、より重要なのは、今回の利上げに始まる「出口政策=金融政策の正常化」が成功するか否かであると考える。そこで、今回は、米国の出口政策が成功するための条件を考えてみよう。

「早すぎた出口政策」の失敗

実は、出口政策に関する研究は世界的にみても驚くほど少ない。バーナンキ前FRB議長に代表されるアカデミズムの大恐慌研究における先駆的業績は、「大恐慌脱出のメカニズム」を国際比較で明らかにした点である。だが、それらの一連の研究は、リフレ政策の「導入」に至る経緯に関するものであって、出口政策自体に関する言及はほとんどない。つまり、どのようなプロセスで「正常な(デフレではない状況下での)政策」へ転換すべきかを論じた研究ではない。

その中で、唯一といってもよい出口政策に関する研究は、2006年に、当時、ニューヨーク連銀のエコノミストであったガウチ・エガートソン氏(現在はブラウン大学の准教授)らが発表した「The Mistake of 1937: A General Equilibrium Analysis(一般均衡分析からみた1937年の(出口政策の)失敗)」である。今回はこれを紹介したい。

1930年代前半の大恐慌期、深刻なデフレに直面した米国では、1933年に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトが主導した大胆な政策転換(リフレ政策への政策レジームの転換)によって、一旦はデフレを克服した。そして、1936年半ばから、むしろ、「リフレ政策の継続は副作用をもたらすリスクの方が高くなっている」との判断から、FRBは段階的な出口政策に踏み切った。

出口政策を始めた当初は、経済の順調な回復や株価の上昇が続き、出口政策は成功するかにみえた。だが、出口政策がほぼ終了した1937年、米国経済は一気に落ち込み、再びデフレに見舞われることとなった(「1937年大不況」と呼ばれる世界大恐慌期に次ぐ深刻な不況に陥った)。

この「1937年大不況」に際して、FRBは大恐慌期以上の量的緩和政策を採らざるを得なくなったが、その後、米国は、出口政策を実現できないまま、事実上の「統制(戦時)経済」に突入した。

1938年1月、サンフランシスコの職業紹介所に並ぶ失業者たち 〔PHOTO〕gettyimages

リフレ政策に否定的な論者は、この事実をみて、「戦争によってしかデフレは解決しない」と言うことが多いが、これは正しくない。1937年の「早すぎる出口政策」の失敗により、米国経済が再び深刻なデフレに陥ったことが、その後の出口政策の実現を不可能にさせたと考えたほうがよいのではないか(1937年の出口政策の失敗がなければ、米国は戦争直前の1938年頃に出口政策を実現できていた可能性が高いと考える)。

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