【甲子園特別企画】
98年横浜高校の夏
松坂大輔の恩師が明かす 伝説の一戦『横浜×PL』の舞台裏

PL学園の致命的ミス

七回が終わって4―5。1点を追う八回表、PL学園が信じ難いミスを犯す。ニ死一塁の場面で、一塁手の三垣勝己(3年)がすっとベースを離れ、深く守ったのである。これでは投手が牽制をできず、一塁走者は好きなタイミングでスタートを切れることになる。私は驚き、渡辺監督とこう話した。

「さすがはPL。一塁ランナーをわざと走らせて、キャッチャーからの送球で盗塁をアウトにするつもりなのか。この土壇場で何と高度なプレーをするんだ」

しかし、どうも様子がおかしい。PLベンチの慌て方を見て「これはボーンヘッドだ」と分かった。2球目、一塁走者の加藤に「走れ」のサイン。だが、ワナだと警戒してなかなか走らない。3球目に「走れっ!」と再びサインを出しても、まだ走れない。

七回表からPL学園は2番手として上重がマウンドに上がっていた。私は上重のクセも読み取っていた。本来、投手は盗塁を警戒し、走者を見続け、目を切ったらすぐにバッターへ向かって投げなければならない。しかし上重は、走者から目を離してから投球するまでの間が長いのである。だから、上重が走者から目を切った瞬間、ランナーはスタートできる。

私は決断できない加藤に苛立った。4球目にやっとスタート。悠々セーフだった。どうやらPLベンチは、右翼手の井関を深く守らせようと指示したようだが、一塁手の三垣がそれを勘違い。ベースを空けてしまったのだった。

その後、小山の中前打で5―5。試合は振り出しに戻った。横浜では選手がベンチに質問するサインがある。おかしいと思ったら「本当ですか?」と監督に聞いていいのだ。それでもサインが変わらない場合は、タイムを取って再度確認する約束もある。高校レベルでこんなサインは普通ない。ただ、甲子園で強豪校と対戦する時は、グラウンドでの意思疎通が勝敗を分けることがある。

同点の走者を無視して一塁ベースを空けていいのかという大事な確認。PL学園はそれを怠った。PLベンチから三垣に対し、勘違いを伝える声は飛んでいただろう。しかし甲子園の大歓声の中で、それは届かない。

PL学園の要は、捕手の石橋勇一郎(3年)。センバツで見た時から、「こいつはすごい。日本一の高校生キャッチャーだ」と感心していた。データを基に配球を組み立てる小山とは違い、打席での打者の雰囲気から配球を考えるタイプ。本能というか、直感でリードをするが、これがまた鋭いのである。

八回表に小山が放った同点適時打で、その石橋が返球を顔に当てて負傷退場。控え捕手の田中雅彦(2年)が登場した。正直、チャンスだと思った。しかし、ことはそう簡単には運ばなかった――。

(後篇はこちら)

本記事は7月16日に発売された小倉清一郎『参謀の甲子園』第一章を抜粋したものです


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