クルーグマン「最低賃金を引き上げよ!」
労働市場は他の市場と違う。常識を覆した経済学の”知的革命”

The NewYork Timesより

最低賃金を引き上げても失業者は増えない
―労働市場が他の市場と同じではない証拠―

(文・ポール・クルーグマン)

〔PHOTO〕gettyimages

労働賃金の引き上げに副作用はない?

7月13日、ヒラリー・クリントンは経済に関する初の大規模なスピーチを行った。
進歩主義者は、その内容におおむね満足したようだ。スピーチの核となるメッセージが、連邦政府は賃金引上げに向けてさらに強く働きかけることができるし、またそうすべきだというものだからだ。

しかし、保守派はこれに困惑したようだ。もっとも、それは「ベンガジ!ベンガジ!ベンガジ!」というリピートをやめ、スピーチに注意を払うことができた人たちに限ってだが。(※1)

(※1)ベンガジ米領事館襲撃事件:リビア東部ベンガジの米領事館で2012年9月11日に発生。駐リビア米国大使と職員3人の計4人が死亡した。オバマ政権は当初、群衆による自然発生的な抗議行動が過激化したとの見方を示していたが、同月末に国際テロ組織アルカーイダと関連のある「テロ攻撃」とする見解 を発表。大統領選の2ヵ月前に起きたこともあり、クリントン国務長官(当時)を含む政権が意図的にテロとの関連を否定しようとしたとの疑惑が取り沙汰されてきた。

彼らはロナルド・レーガンにより政府はソリューション(※2)ではなく、問題であることが明らかになったと確信している(※3)。したがって、クリントンも単に、すでに消滅した「オールドリベラリズム」を復活しようとしているのではないか、さらに、政府が市場に介入すれば、とんでもない副作用がもたらされことを私たちが知らないだけなのだろうか?というわけだ。

(※2)ヒラリー・クリントンの「包摂的資本主義」という考え方は、政府の市場への適切な介入、規制こそが、資本主義をうまく機能させていく。つまり政府は問題でなくソリューションという立場を取っている。
(※3)市場こそが合理的で万能と考える新自由主義の考え方

しかし、そうではない。クリントンはそんなことをしようとしているのではないし、政府の介入による副作用など、私たちは知らないのだ。実際にクリントンが演説した内容は、根拠に根差した賃金決定要因に対する私たちの理解の大きな変化を反映している。この新しい理解とは、見えざる手が報酬をもたらすことなく、公共政策がさまざまな形で労働者を助けられるということだ。

これまでは、多くの経済学者たちが、労働市場とそれ以外の市場を同じように考えてきた。さまざまな種類の労働価格、つまり賃金は、需要と供給によって決まるという考えだ。多くの労働者の賃金が停滞する、もしくは低下するとしたら、それは、そのサービスに対する需要が減っているからだというわけだ。

特にこれまでは、技術の変化によって格差の拡大がもたらされるという見方が常識だった。高い教育を受けた労働者への需要が高まる一方で、ブルーカラーの仕事の価値は下がる。そして、政策がこのトレンドを変えるためにできることは、勤労所得控除で低賃金労働者を援助する以外にほとんどないという考えである。

それがまるで自明の理であるかのように、いまだに、この説を引き合いに出す解説者もいる。しかし、「スキル偏重の技術上の変化」が賃金停滞に拍車をかける主な要因であるという説は、すでにほとんど破綻している。特に注目すべきは、高等教育は賃金上昇を保証するものではなくなってきているという点だ。たとえば、インフレ調整後の大学新卒者の賃金は、ここ15年間で変化していない。

一方、賃金の決定要因に関する理解は、知的革命により一変した。「知的革命」というのは決して大げさな言葉ではない。それは、政府が最低賃金を変えた時に起きた現象を対象とした一連の優れた研究によってもたらされた。

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