中国
オアシス都市「トルファン」に足を延ばして感じた"少数民族"の心情
【新疆ウイグル見聞記・中編】

【前編】はこちらをご覧ください。

漢族社会に溶け込む協調派のウイグル族

ウルムチの朝は、北京時間の早朝5時前からすでに日照が始まり、7時を回る頃にはカンカン照りになった。まさに酷暑の朝である。

宿泊していたウルムチの君邦天山飯店は、厳重な警備を除けば、北京や上海のホテルと何ら変わるところはなかった。朝食を取る1階のレストランでは、身なりを気にしない漢族の宿泊客たちが、大声を張り上げながら、白粥や牛肉麺、繰子麺などを啜り、豆浆を飲んでいた。麺は手打ちで、漢族の青年が何回も引き延ばして作っていたので、その技を誉めると、彼はニッコリ微笑んだ。

1階ロビーのフロント隣では、中国Haileer製の自動ピアノが、音程の狂った『ある愛の詩』の主題歌を奏でていた。だが、BGMになど気に留める漢族はいない。

「昨日は心地よくお休みになれましたか?」

突然、外国人訛り中国語が聞こえてきた。振り返ったら、ホテルのフロントマネージャーだった。彼はその容貌からウイグル族に違いないが、漢族社会に入って立身出世していったと見える。

彼が私に声をかけてきたのには、訳があった。前日の午後にチェックインした際に、彼から「身分証をご提示ください」と言われ、中国人なら携帯が義務づけられている身分証がないため、代わりにパスポートを渡した。すると彼は驚き入って赤い表紙のパスポートを取り上げ、私の顔をまじまじと眺めた。つまりそれほど、この地を訪れる日本人が物珍しいのだ。

さらに彼は、私のパスポートを1ページ1ページ、入念にめくり始めた。そしてあるページで動きが止まった。「あなたはジャーナリストか?」。

3年前に第18回中国共産党大会を取材した時に取得したジャーナリストビザを、目敏く見つけたのだ。その時点で笑顔は消え、猜疑心に満ちた表情に変わった。

「たしかに私はジャーナリストだが、今回は旅行でウルムチに来た。日本人がウルムチを観光しても問題ないだろう?」

「それは問題ない」

「ならば一つ頼みがある。ホテルの近くでお薦めのウイグル料理の店を教えてほしい」

ウイグル族エリートに笑顔が戻った。彼が薦めてくれたホテルの向かいの店のことは、先週のコラムで書いた通りだ。

そのようなやりとりがあったため、このウイグル族マネージャーは私のことを覚えていたのだ。かつ彼が公安に通報したりしなかったおかげで、私も不愉快な思いをせずに済んだのだった。

このようにウイグル族と言っても、誰もが漢族に反抗して独立運動をやっているわけでは決してない。圧倒的多数の人は、ウイグル族の居住地域で、日々慎ましく生きている。

その中で、このフロントマネージャー氏のように、漢族社会に溶け込んで、漢族と協調して生きていこうとする人たちも、少数ながらいる。そうした協調派になれば、ウイグル族は漢族よりも低い点数で名門大学に入れ、十分な奨学金がもらえ、小汚い学生食堂ではなく栄養満点のハラル食堂で食事ができる。卒業後も、中国語とウイグル語ができることから、就職は引く手あまたである。新疆ウイグル自治区の指導者に成り上がっていくウイグル族は、たいていそういう人たちだ。

日本植民地下の朝鮮や台湾でも、こういった協調派の人たちは少なからずいた。彼らを非国民とか売国奴と非難するのは、筋違いだろう。「人権」というのは、「自由を求める権利」もあれば、「安定した生活を求める権利」もあるからだ。私としては、このウイグル族エリート氏が今月、ラマダンの断食を遵守しているのかが気になったが、彼は慌ただしく立ち去ってしまった。

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